意思決定力のある“学習する組織”の構築セールス&オペレーションズ・プランニングの方法論(5)(3/3 ページ)

» 2010年05月17日 00時00分 公開
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「S&OPの7つのパワー」のクロス・ファンクショナル力と組織学習力

 以上のような意思決定力ある組織と、学習する組織の構築への対応については、前稿「世界のバリューチェーンから日本がはじかれる!? S&OPに対応すべきこれだけの理由」で、読者の皆さんにチェックしていただいた「バリューチェーン上の課題のチェックリスト」のうち、

  • チェックポイント5:クロス・ファンクショナル力
  • チェックポイント6:組織学習力

が威力を発揮します。

 以下にその内容を抜粋して紹介しておきましょう。

チェックポイント5:クロス・ファンクショナル力

【課題】需要と供給を扱う機能別組織間の責任のなすり付け合いがよく発生している。


=情報共有とコミュニケーションの円滑化により、全体最適を志向する各機能間をつなぐクロス・ファンクショナル力が求められている


チェックポイント6

【課題】国内では、2012年問題とも称される団塊の世代の一斉退職により、ナレッジが一挙に失われるリスクを抱えており、一方でグローバル化により海外の販売拠点や生産拠点の異なる人種、さまざまな言語、文化を持った人材が円滑にコミュニケーションを取ることのできるマネジメントプロセスを構築する必要性が高まっている。


=機能部署担当のミドルマネジメントとグローバル組織をつなぐ組織学習力が求められている


S&OPがバリューチェーンの各機能間をつなぎ、コミュニケーション能力を高める

優柔不断な文化を打破する組織運営メカニズムの要件を満たすS&OPプロセス

 S&OPプロセスは、トップマネジメントと機能部門のミドルマネジメントが参画し、製品/サービスの需要と供給を継続的にバランスさせる戦術レベルの情報共有と意思決定プロセスです。

 S&OPプロセスは、前出の「表1 優柔不断な文化を変革するためのチェックリスト」の優柔不断な文化を打破する組織運営メカニズムの要件を満たすもので、機能部門間のバリューチェーンの不協和音を打破し、戦略と業務の連携、需要と供給そして財務を含む機能部門間の連携が促進されます。

 つまり、S&OPプロセスの導入により、「ワン・セット・オブ・ナンバーズ」――合意された1つの数値に基づいてビジネスが進められ、情報共有とコミュニケーションの円滑化が促進され、ひいては全体最適を志向する風土の養成にもつながります。

 また、S&OPの各サブプロセスは、意思決定に至った前提条件も共有するため、相互の信頼が高まります。

S&OPプロセスが「学習する組織」への進化を助長する

 S&OPプロセスは、前出の「表2 組織学習の成熟度診断チェックリスト」にある「学習プロセスと学習行動」の実験、情報収集、分析、教育と訓練、そして情報の移転に加えて、意思決定を含んでおり、まさに学習する組織の要素を十分に満たした学習プロセスであるといえます。

ミドルマネジメント養成の場の提供

 ミドルマネジメントが、戦略から現場までの垂直、そしてバリューチェーンの各要素間の水平の双方をつなぐS&OPプロセスに参画することで、「ラーン・バイ・インボルブメント(参画型学習)」として、

  • (1)マネジメントスキルの養成
  • (2)チームワークの高揚
  • (3)全体最適を志向する風土の養成

が期待されます。

グローバルなコミュニケーションの場の提供

 「グローバルS&OP」(本連載「セールス&オペレーションズ・プランニングの方法論(3)アジャイルな判断を支える需給情報の読み方」を参照)の導入により、海外に分散した販売拠点や生産拠点のビジネスプロセスを戦術レベルで統合でき、グローバル化によって分断されたバリューチェーンの各要素間のフォーマルなコミュニケーションの向上を支援します。

 図2に示すように、

  • ア)需給に関する実績のモニタリング
  • イ)需給に関する環境変化の認識
  • ウ)需給に関する対応策検討と計画の策定
  • エ)需給計画の合意形成と意思決定

という、S&OPプロセスを回すことにより、事業計画や需要予測といった情報の共有、在庫やリードタイムにかかわる方針、そして前提条件に基づくシミュレーション、需給をバランスさせるサブプロセスといった、バリューチェーンに関するグローバルなナレッジ・マネジメント((1)知識の共同化、(2)知識の表出化、(3)知識の連携化、(4)知識の内面化)が実行されていきます。

図2 S&OPプロセスによるナレッジ・マネジメント 図2 S&OPプロセスによるナレッジ・マネジメント(注)

注:図中にあるSECIモデル(セキモデル)とは、知識の共有・活用によって優れた業績を挙げている“知識創造企業”がどのようにして組織的知識を生み出しているかを説明するため、一橋大学大学院の野中 郁次郎教授らが示したプロセスモデル。ナレッジ・マネジメントの基礎理論として知られる。野中らの「組織的知識創造理論」では、知識には暗黙知と形式知の2つがあり、それを個人・集団・組織の間で、相互に絶え間なく変換・移転することによって新たな知識が創造されると考える。こうした暗黙知と形式知の交換と知識移転のプロセスを示すのが、SECIモデルである。(@IT情報マネジメント用語辞典より引用)




参考文献

  • 松原恭司郎『図解ERPの導入』日刊工業新聞社、1997年
  • ラム・チャラン「意思決定をアクションにつなげるメカニズム:対話が組織の実行力を高める」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』、2002年1月
  • D. A. ガービン、A. C. エドモンドソン、F. ジーノ「環境、プロセス、リーダー行動から判定する学習する組織の成熟度診断法」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』、2008年8月



筆者紹介

松原 恭司郎
キュー・エム・コンサルティング有限会社 取締役社長

公認会計士/情報処理システム監査技術者
現在、中央大学専門職大学院(国際会計研究科)特任教授、東北福祉大学(総合マネジメント学部)兼任講師、BSCフォーラム会長、ERP究推進フォーラムアドバイザーなどを務める。
国際会計事務所系コンサルティング会社などを経て1992年より現職。バランス・スコアカードを活用した戦略マネジメントと業績管理、ERP、S&OP関連のコンサルティング業務に従事。
 S&OP/ERP/MRP?関連の著訳書に、『S&OP入門』、『図解ERPの導入』、『キーワードでわかるSCM・ERP事典』(編著)、オリバー・ワイト著『MRP?は経営に役立つか』(訳)、アンドレ・マーチン著『実務DRP』(訳)日刊工業新聞社などがある。またBSC関連の著訳書に、『バランス・スコアカード経営』’00日刊工業新聞社、ニーブン著『ステップ・バイ・ステップ バランス・スコアカード経営』(訳)’04、『バランス・スコアカード経営実践マニュアル』(共編著)’04、『税理士の戦略マップ』(共編著)’07中央経済社などがある。


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