キカイの世界の営業力経済研究所 研究員は見た! ニッポンのキカイ事情(4)(2/3 ページ)

» 2010年06月04日 11時16分 公開
[山本 聡/機械振興協会 経済研究所,@IT MONOist]

自社の強みの把握

 顧客に提案するためには、まず「自社の強み=自社で一体、何ができるのか」を十分に理解していることが大前提になります。例えば、鋳造企業M社では徹底的な「ジョブローテーション」により、営業人材を育成しています。

 M社では営業係や経理係、役員といった業務上、モノづくりにかかわらない方々でも毎週一定の時間、工場で現場作業に従事しています(写真1)。その結果、同社の営業担当者は、

「“いま”、自社で一体、何ができるのか」

といった技術上の強みを正確に理解しながら、顧客に提案を行うことができるのです。加えて、自社技術の先端的動向を把握することも重要になるでしょう。例えば、アルミ鋳造企業T社では営業担当者である社長や専務取締役が鋳造工学会などに参加し、学会論文を熟読することで「アルミ鋳物」に関する技術動向をフォローしています。なお、T社は太陽光や航空宇宙といった次世代産業に参入している企業です(写真2)。

 また、協力企業の技術を把握することも自社の強みの理解につながるでしょう。

alt 写真1 M社の現場で鋳造作業に従事する経理係長(機械振興協会経済研究所〔2010〕,p.83)
alt 写真2 TK社の太陽電池製造装置用アルミ鋳物真空チャンバ(機械振興協会経済研究所〔2010〕、p79)
alt 写真3 OK社のショールーム プレス業界は下請性の強い業界ですが、同社はその中でも、特に「営業」を重視している企業です。その証拠がこの神戸市駅前のショールームです(機械振興協会経済研究所〔2010〕、p.123)

 プレス企業OK社で(写真3)は営業人材を協力企業に派遣、研修させることで「自社の強み」と「協力企業の強み」を踏まえた提案営業ができる営業人材を育成しています。

顧客とのコミュニケーション能力

 顧客とのコミュニケーション能力も提案能力の重要な一部になります。前述したM社や金型企業IM社などでは営業人材に学会報告を奨励し、そこでセットメーカーの技術者との質疑応答を経験させています。こうした経験から営業人材は、

「顧客に対して物おじせずに提案できる」

ようになるとのことです。

 金型企業N社(写真4)では年に1回、

「事業のロードマップ」「技術のロードマップ」「顧客のロードマップ」

を提示し、少なくとも幹部は全員参加で「今後のOA機器には紙が必要か?」「歯車は今後、数十年先までなくならない?」といった自社と顧客の事業に関する根源的な話題を徹底的に議論しています。その結果、顧客の製品にかかわるニーズを顧客以上に深く理解することで、より円滑なコミュニケーションとそれに伴う的確な「提案」が可能になるのです。

alt 写真4 N社の組織図:N社では商品開発課を営業の下に位置付けている。ここからも同社が非常に「営業」を重視していることがうかがえます(機械振興協会経済研究所〔2010〕、p.94)

社内の部門間の調整能力

 「製造部門は既存の仕事を高精度に行うことを第一に考える。一方、営業部門は新しい仕事を受注することを第一に考える」というのがモノづくり中小企業の一般的な傾向でしょう。営業担当者がせっかく、新規の受注を獲得してきても技術者に

「そんな仕事はできない!!」

と拒絶され、ご破算になるということがママあると聞きます。そのため、営業人材には社内の部門間の調整を図る能力も要求されます。例えば、表面処理企業S社も以前は「製・技・販の各部門の連携がバラバラ」で、「工場の発言力が非常に強かった」ことから、新規の受注獲得に支障を来していました。しかし、現在では、毎週1回の昼食時に「業務、技術、営業の幹部の間でのミーティング」を徹底しています。

 また、前述したM社の営業人材は、

「現場の技術者の顔・名前だけでなく、その家族の顔・名前も把握する」

ことで、社内の部門間の調整能力を獲得しているのです。

4.「一番、現場から外したくない人材」をあえて営業に回す

 以上、中小モノづくり企業の営業人材にとって必要な能力とその育成方法について簡単に述べてきました。「自社の強みの把握」「顧客とのコミュニケーション能力」「社内の部門間の調整能力」を兼ね備えた人材とは結局、誰なのでしょうか。その際に鍵となるのが、自社の製造現場を熟知した最も優秀な技術者こそ、「自社の強みの把握」「顧客とのコミュニケーション能力」「社内の部門間の調整能力」といった能力を兼ね備え、必然的に最も優秀な営業人材になり得るという考え方です。

 実際、次のページのように、新規受注を積極的に獲得し、次世代産業に参入するなど経営パフォーマンスの高い企業では「一番、現場から外したくない人材をあえて営業に回す」ということを実践しています。

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