次世代車載ネットワーク FlexRayとは?次世代車載ネットワーク FlexRay入門(1)(1/2 ページ)

次世代車載ネットワーク通信プロトコル「FlexRay」。本連載では、その仕様から、現在の状況・今後の動向までを詳しく解説していく

» 2011年01月25日 00時00分 公開

 近年、自動車には多くの「ECU(Electronic Control Unit:電子制御装置)」が搭載されるようになり、それらがネットワークに接続されて互いに制御情報を通信することで、より高度な機能を実現しています。

 この車載ネットワークではこれまで「CAN(Controller Area Network)」が標準的な通信プロトコル(規格)として採用されてきましたが、現在、より優れた高速性と信頼性を実現する技術として注目されているのが、次世代車載ネットワーク「FlexRay」です。

 FlexRayは、自動車内のエレクトロニクス化が進むに従って表面化してきたさまざまな問題点(例えば通信量の増加など)を解決する技術として、またいわゆる“X-by-Wire”を実現するための基幹技術として策定された通信プロトコルであり、高い柔軟性と信頼性、高速性を特徴としています。

 本連載では、このFlexRayの仕様を中心に欧州における現在の状況、今後の動向などについても簡単に紹介していきます。連載第1回では、まずFlexRayが策定された背景、通信プロトコルの主な特徴とそれぞれの概要について解説していきます。

1.なぜ新しい通信プロトコルが求められているのか?

 自動車の電子制御化が進むに従って、さまざまなニーズが生まれています。例えば以下のような事柄です。

  • ECU数の増加に伴う、車載ネットワークの通信量の増加、複雑化への対応
  • 商品性の向上、システムの最適化、コスト削減のための統合的な協調制御
  • 機能や性能の向上のためのX-by-Wireシステムへの移行

車載ネットワークの通信量の増加、複雑化への対応

 1997年以前、パワートレイン(駆動系)向け車載ネットワークに接続されているECU(通信ノード)の数は6〜8程度でした。ところが、最近の上級車に搭載されているECUの数は100近くにもなり、通信量が膨大になっています。また、ネットワークが複雑化した結果、設計の難易度が増し、品質や機能の低減も懸念されます。これら問題は従来のCANによる通信量/通信速度では解決が難しく、より多くのデータを通信できるネットワークプロトコルが必要となります。

(例)車載ネットワークにおける通信データ量の増加 図1 (例)車載ネットワークにおける通信データ量の増加
(※ベクター・ジャパンの資料を基に作成)

商品性の向上、システムの最適化、コスト削減のための統合的な協調制御

 これまで、各ECUは個別に機能分担されて制御されていました。しかし、近年はさらなる商品性の向上、システムの最適化、コスト削減のため、分散配置されたECU同士がネットワークを介することで車両を統合的に協調制御するシステムが求められています。

個別制御から協調制御へ 図2 個別制御から協調制御へ
(※ベクター・ジャパンの資料を基に作成)

 例えば、上級車に採用されている「プリクラッシュ・セーフティ・システム」と呼ばれるシステムがあります。これは、レーダーやカメラの情報を基に、先行車や障害物、歩行者などとの衝突を予測し、ドライバーへの警告、衝突の回避、または衝突が避けられないと判断したときはその被害の軽減を図るシステムです。ここではレーダーやカメラなどのセンサ、ブレーキシステム、メータパネル表示システムなど複数の分散したシステムが協調動作することで1つの機能を実現しています。

プリクラッシュ・セーフティ・システムのイメージ 図3 プリクラッシュ・セーフティ・システムのイメージ
(※トヨタ自動車のHPの情報および、ベクター・ジャパンの資料を基に作成)

 このようなシステムでは、各ECUができるだけ同期して通信することが求められます。一方、CANでの通信フレームは送信要求が発生したときに送信され、その送信時間が必ずしも決まっていません。フレームが同時に送信され、フレーム同士の衝突が発生する場合もあり、これは送信遅延につながります。つまり、その送信遅延は通信の負荷状況(ネットワークの混雑状況など)に依存するため、協調制御では課題があります。一部必要なデータが「ネットワークが混んでいたため遅れました……」となっては都合が悪いのです。

機能や性能の向上のためのX-by-Wireシステムへの移行

 X-by-Wireは、機械的な伝達機構で動作している自動車の操作部分をエレクトロニクス部品に置き換える、自動車の構造そのものを根本的に変える技術です。操作部分とアクチュエータを電気的に接続すれば済むため、機械的な部品が大幅に削減され、自動車の設計やレイアウトの自由度は大幅に高まります。例えば、X-by-Wireがステアリングやブレーキに導入された場合、コラムシャフト、油圧機構、パーキング用のケーブルなどの伝達機構が必要なくなります。また、これらを電子制御化することにより、他機構との統合制御に組み込むことがより簡単になり、安全性や快適性の大幅な向上が期待できます。

 このX-by-Wireを実現する際、高い信頼性/通信速度を持つ通信仕様が求められます。例えば、通信不良のためにステアリングやブレーキが正常に動作しなければ重大な事故につながってしまいます。CANでは信頼性、通信速度、ともに十分とはいえません。

ステアリング by Wire(上)とブレーキ by Wire(下) 図4 ステアリング by Wire(上)とブレーキ by Wire(下)
(※ベクター・ジャパンの資料を基に作成)

 これらニーズを整理すると、次世代車載通信プロトコルに求められることは以下になります。

  • 速い通信速度
  • 送信遅延時間が保証されていること(決定論的な送信)
  • 同期通信
  • 高い信頼性
  • 障害耐性
  • 高い柔軟性

 FlexRayは、これらの要件を満たすことができるため、有力な候補の1つとなっています。

 では次に、FlexRayがどのような経緯で策定されたのかを紹介します。

2.これまでの経緯

 欧州における高信頼性、高速性を備えた通信プロトコルの研究開発は1980年代より行われており、一時期、「TTP/C(Time Triggered Protocol for SAE Class. C Applications)」という通信プロトコルがEUプロジェクトにも取り上げられるほど有望視されていました。しかし、このTTP/Cでは信頼性を重視するあまり、コスト面や柔軟性を気にする自動車メーカーの意見を十分に反映されず、プロジェクトメンバーであったDaimler社やBMW社が離脱。2000年、標準化団体FlexRayコンソーシアムを設立し、BMW社独自の通信プロトコル「Byteflight(バイトフライト)」を参考にしてFlexRay仕様の策定を進めました。

 その後、次期車載通信ネットワークの標準の座をめぐりFlexRayとTTP/Cは競合関係にありましたが、2005年、Volkswagen社などTTP/C陣営の主要メンバーがFlexRayコンソーシアムに加入したことで、FlexRayに一本化されました。

 そして2006年、BMW社がSUV車「X5モデル」にて世界で初めてFlexRayを採用しました。以来、BMW社「7シリーズ」「5シリーズ」モデル、Audi社「A8」モデルなど、徐々に採用車種が広がり、現在に至っています。

3.FlexRayコンソーシアム

 通信プロトコルを1企業で業界標準化することは難しいため、前述のとおり、複数の企業が標準化団体(FlexRayコンソーシアム)を2000年に結成し、通信プロトコルの策定を進めました。このFlexRayコンソーシアムには計7社のコアメンバー(BMW社、Bosch社、Daimler社、Freescale Semiconductor社、General Motors社、NXP Semiconductors社、Volkswagen社)を中心に大手自動車メーカー、半導体メーカー、ツールメーカーなど計100社以上が加盟しました。

 コンソーシアム活動は、2009年末に終了しています。標準化団体活動の成功例として評価されており、「AUTOSAR」などほかの標準化団体のベンチマークともなっています。

 2010年12月時点での最新仕様書バージョンは「Ver. 3.0.1」です。現在(2010年12月時点)、一部コアメンバーによるメンテナンス工程に入っており、国際標準化機構(ISO)への提案に向けて準備中です。

仕様書ダウンロード:http://www.flexray.com/

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