富士の八十八夜を守った流体解析踊る解析最前線(3)(1/3 ページ)

富士の裾野に新東名が通ることになったが、おいしい茶葉が育つ環境を阻害する恐れが!? そこで、3次元流体解析が活躍した。

» 2011年01月25日 20時23分 公開
[小林由美MONOist]

 大学における研究は、素晴らしい論文を書いて評価されることのみが、その成果であるべきか? ――工学院大学の学長を務める機械工学科 教授の水野 明哲氏は、従来の工学系学会の風潮に疑問を感じているという。水野氏自身、乱流解析を得意とする工学博士である。

 同氏は、大学研究(流体解析など)を利用した社会貢献を重視し、いまも、さまざまな活動に精力的に身を投じている。鳥人間プロジェクト、学生フォーミュラなど同校の「学生プロジェクト」もまた、「社会に有用な人材を輩出する」という意味において、大切な社会貢献の一部である。


 本稿では、同校のトンネル換気シミュレーションと直線翼縦軸風車開発への取り組み、およびそれらのビジネス化への歩みについて紹介する。

トンネル換気シミュレーションとは

photo 工学院大学 学長・機械工学科 教授 水野 明哲氏

 水野氏が30年にもわたり携わっている研究が、「トンネル換気シミュレーション」だ。トンネル内を走る自動車の交通量に応じた適切な換気状態を解析する技術である。

 トンネルの換気では、多数の大型のファンが使われる。例えばオーソドックスな直線のトンネルに付けられたファンをすべて回せば、数万kWにもおよぶほどの電力を消費する。その年間の電気代は、数億円レベルに及ぶという。あまり換気の必要のない時間帯ではファンを回さない、というように、ファンの稼働・不稼働を少々コントロールしただけでも、数千万円が浮く、そんな世界だ。

 しかし、コストを落とそうと換気を減らせば、トンネル内は排気ガスで曇って視界が悪くなり、ドライバーにとって危険な状態になってしまう。そのようなトレードオフを考慮しながら、解析を行わなければならない。

 水野氏が1979年から携わった関越トンネル開発の際、初めて行ったという換気シミュレーションは、1次元解析だった。1次元シミュレータのプログラムも、水野氏自らが開発した。

 「関越トンネルは約11kmあり、真っすぐな筒状です。その中を自動車が走ると、空気が汚れながら(自動車にまとわりつくように)、ずっと流れていきます。トンネルの長さが11kmに対して、その断面積は、10m四方ほど。どこの断面を取っても、ほぼ均一の現象が起こりますので、(断面のみの)1次元の解析で十分計算できたのです」(水野氏)。

 その後、水野氏の1次元シミュレータは、さまざまなトンネル開発で活躍することになる。同校は、1990年代後半までに建設された、9.4kmの海底トンネルである「アクアライン(東京湾アクアライン連絡道)」の開発にも携わっている。

3次元シミュレーションの採用

 1990年代後半から、世の中で3次元解析ソフトが普及し出し、工学院大学の流体工学研究室でも採用することになった。同校の研究で、3次元解析が初めて使われたのは、当時の日本道路公団(現在は民営化し「NEXCO」)から頼まれた、少々ユニークな仕事だった。

 その当時、新しい高速道路が造られることになった。かつては「第二東名」(第二東名高速道路)と呼んでいた、いまも建設中の高速道路、すなわち、「新東名」(新東名高速道路)である。その道路は、富士山の裾野あたりも通ることになるが、1つ、悩ましい問題があった。

 富士山の裾野は、有名な茶どころである。高速道路が、良質な茶葉が育つ環境を阻害してしまう恐れがあったのだ。道路公団が、農家の人たちに対し、状況を分かりやすく説明するためにも、その現象の解析をする必要があった。そこで、流体工学研に解析依頼がやってきたというわけだ。

 「お茶を摘むのはゴールデンウィーク明け、八十八夜といわれる時期ですが、そこでおいしいお茶を摘むためには、一番冷える時期、つまり2月に発芽することが条件です。また、そこで霜が降りると、お茶がすっかり駄目になってしまうのです」(水野氏)。

 富士山の斜面は、夜間の無風状態の中、放射冷却によって非常に温度が下がっていく。そして、斜面を重い空気がどんどん流れていく。茶畑を覆う冷気が、後に摘まれる茶葉のうま味を引き出すのだが、冷気は常に循環していなければならない(霜の防止)。ところが盛土で高速道路を造れば、冷たい空気がそのふもとにたまってしまい、冷気湖(冷たい空気だまり)ができてしまう。つまり、冷気が滞ることで、茶畑に霜が降りてしまう。

 もちろん、その現象に対して、茶農家の人々が困らないように対策もされることになった。

 1次元では対処できない複雑な現象を詳細に解析することはさることながら、農家の人たちに分かりやすく事情を説明するためにCGで現象を表現するのに、3次元流体解析は最適だった。このとき採用したのは、独自開発のソフトやコードではなく、商用の汎用流体解析ソフト「STAR-CD」で、いまもなお使い続けているという。

 「解析系の学会では、既存のソフトで計算した結果について研究論文を書くと、学術的なオリジナリティがないと評価され、論文として認められないことが多いのですね。一方、独自にコードを作って計算すれば、論文として認められる。しかし、よく考えてみると、商用コードの方が、さまざまな人が使った実績がすでにあって、社会的に高く評価されているのだから、独自で作るより、はるかに信頼度があると思ったのですよ」(水野氏)。

 2010年3月に開通した「中央環状新宿線トンネル(通称:山手トンネル)」着工の際、その換気解析にも同校が携わった。このトンネルは、関越トンネルのように、1本の筒ではない。いくつも分岐があり、行き止まりもあって、しかも曲がりくねっているという、換気解析の観点でいえば、非常に難題。まさに曲者だったという。その解析でも、3次元シミュレーションが大活躍したのは、いうまでもない。

photo 図1 道路トンネルの換気効果検証の結果イメージ1
photo 図2 道路トンネルの換気効果検証の結果イメージ2:集中排気方式道路トンネルの換気効果を検証したCFD解析の結果であり、車道を通過する車両によって引き起こされる坑口持ち出し現象をとらえたもの
動画1 トンネル換気、汚染物質牽(けん)引:STAR-CD上で、直線のスライディングメッシュを繰り返し走らせる技術は、工学院大学が開発した
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