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» 2011年04月25日 11時10分 公開

井上久男の「ある視点」(1):震災で試されるトヨタの「絆」〜付加価値向上システムの崩壊とグローバル価格競争 (2/3)

[井上久男,@IT MONOist]

世界を驚嘆させた「絆」システム

 むしろ課題は、付加価値の高い製品づくりに取り組もうという「意欲」がサプライヤーに残っているかだ。今回の大震災は現時点で1万人を超える方が亡くなっており、経営者も従業員も被災し、心身ともに疲弊している。加えて、震災前から気になっていることが1つあった。それは、日本の自動車メーカーとサプライヤーの「絆(きずな)」が失われつつあることだ。前置きが長くなったが、筆者が本稿で強調したい点はこれなのだ。

 この「絆」について考えるうえで格好の「教材」がある。それは1997年2月1日に発生したアイシン精機刈谷工場火災からの復旧のプロセスだ。筆者は朝日新聞記者時代に念入りに取材した。それを簡単に紹介しよう。

 1997年2月1日、愛知県刈谷市にあるトヨタ系のアイシン精機刈谷工場で火災が発生、工場一棟が全焼した。この工場では、「プロポーショニングバルブ(PV)」と呼ばれる、1個数百円のタバコの箱の大きさ程度の部品を生産していた。自動車のブレーキの油圧を前輪後輪に振り分ける重要部品であり、材料の鋳物品の鋳造から切削加工まで全てをアイシングループで担っていた。

 トヨタは、ほぼ全てのPVをアイシンに発注しており、アイシンの生産拠点もPV専用の刈谷工場の1カ所であったため、工場が全焼したことによって、トヨタの全工場への供給が止まり、自動車生産が全面的にストップする緊急事態となった。時は、消費税率が3%から5%に引き上げられる直前の駆け込み需要期であったため、トヨタグループ全体が、大パニックに陥り、最低でも1カ月間は全面的な生産停止に追い込まれるだろうとする悲観的な見方もあった。

 しかし、専用の部品工場が全焼したにもかかわらず、トヨタの全面的な生産停止は、わずか数日で済んだ。米国紙ウォールストリートジャーナルは、「驚異的な復旧」と題し、記事を大きく取り上げ、海外メーカーだったらこんなに早く復旧できないだろうと驚嘆をもって報じた。

二次、三次請けメーカーの尽力

 復旧の原動力を担ったのは、トヨタから見てアイシンの下にいる二次や三次の中小の下請け企業だった。トヨタもアイシンも混乱状態に陥っており、体育館に部品メーカーを集めて協力要請をしていたが、混乱の中では具体的な細かい指示はあまり出せなかったが、下請け企業は、指示がなくても独自に判断して動いた。

 刈谷市のある工具商社の社長は「工場が火災だと知って、これは大変なことになる。工作機械も焼けているだろうから、PVを作る工作機械用の特別な刃具をかき集めておかないと、復旧できない」と思い、トヨタやアイシンの指示の出る前から、全国で刃具の調達に走った。

図面を借りて手作業で代替生産に名乗り

 刈谷市の別の部品メーカーは、いままでPVを生産したことはなかったが、設計図を借りてきて、専用機ではない汎用の工作機械で、PVの試作を始めた。専用機なら、何秒かごとに1個できるところを、手作りで1日に数十個単位でPVを作り、アイシンに納入し始めた。そこの社長は「普段から技術力を磨いておいてくださいとアイシンから言われていて、切削加工では誰にも負けないという自負があったので、やったことのない部品でも作ることができた」と話した。こうした小さな無名の下請け企業が、自らの判断で動き、少量ながら積み上げていき、PVの代替生産を行ったことが驚異的な早さでの回復につながった。

 取材していて、契約書や指示書もないのに、トヨタやアイシンを信用して自ら動いたことが分かった。ほとんどが「阿(あうん)の呼吸」だった。なぜ、そうした動きができたのか、その原因が重要だ。「解」の1つに「和芽会」という組織の存在もあった。アイシンでは取引先の経営者の子息を研修で受け入れ、育てる制度があり、研修に来た人の組織が「若芽会」である。若い時から、アイシンの社員と行動を共にし、価値観を共有し合っているメンバーである。先に例示した2社の社長はいずれも「若芽会」のメンバーだ。同じ釜の飯を食った者同士だから「阿吽の呼吸」で対応できた面もある。

 こうした動きに対し、「トヨタやアイシンは資金力に余裕がある会社なので、正式な契約書や指示書がなくても、緊急時に協力してくれたということでお金を取りはぐれることはないし、恩を売ることで取引が今後増える打算的な思惑もある」と指摘する外部の関係者もいた。全く否定できない面もあるが、人は単純に金のためだけに動くだろうか。また、動いたとしても、きっちり成果が出せるだろうか。

売り手と買い手が共に強くなるためのインセンティブ設定

 さらに、トヨタと下請け企業の間では、「利益は分かち合う」という哲学のようなものが長らくあった。「搾取」では関係は長く続かないからである。一般的なイメージではトヨタは下請けいじめをしている会社だと思われがちだが、実はそうではなかった。例えば、現在はトヨタが1個100円で購入している部品を下請けが10円原価低減したら、トヨタは90円ではなく95円で購入した。5円は次の製品の開発投資に使ってくださいという意味が含まれていた。原価低減にインセンティブが働くメカニズムだった。

 この早期復旧は、トヨタやアイシンといった大企業と、下請けとの信頼関係=絆があったからこそ成し得たのではないだろうか。学術的にもこの復旧の構造は研究されており、一橋大学イノベーション研究センターの西口敏宏教授が「カオスにおける自己組織化」という題名の論文を発表している(注3)。そこでもトヨタと下請けの信頼関係のメカニズムが触れられている。


注3:『組織科学』32(4)、p.58-72。組織論の専門用語でいうところの「協調関係」以上のサプライヤとのつながりが指摘されている。


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