日本の“勝ち組”メーカーは慢心していないか?――「新ビッグスリー」VWの躍進から見る技術と戦略の妙井上久男の「ある視点」(4)(2/2 ページ)

» 2011年07月22日 12時00分 公開
[井上久男,@IT MONOist]
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脱・プラットフォーム戦略に進化するVW

 自動車産業調査会社「フォーイン」(名古屋市)が発行する「世界自動車調査月報」*などを参考文献にその戦略を解説する。まずVWは2000年ごろから車の骨格となるプラットフォームを4つに集約し、それをベースに各ブランドの乗用車開発を展開した。同時に同じプラットフォームであれば、車のセグメントが違っても部品を共通化する大胆な戦略も実施した。これによって、開発期間が短縮され、コスト削減につながった。

* 「世界自動車調査月報」http://www.fourin.jp/monthly/world_repo.html


モジュールツールキット戦略:機能要件ブロックによるさらなる共通化へ

 さらに2000年代半ばから「モジュールツールキット」と呼ばれる手法を導入。これは脱プラットフォーム戦略であり、プラットフォーム別ではなく、エンジンの横置きか縦置きかの2つの区別で、車全体の部品を共通化していくものだ。開発段階から車を幾つかの機能ごとにブロック化し、それをつなぎ合わせていくイメージでもある。グレードや大きさが違うセグメント間での部品の共通化をさらに推進する狙いがあるとみられる。横置き車では70%近くの部品が共通化され、30%近いコスト削減効果もあるという。

 VWは傘下に高級車のアウディ、エントリーカーのシュコダなど複数のブランドを持っている。モジュールツールキット戦略は、プラットフォームの共通化と比較しても少ない開発投資で派生車種を作るなどのメリットがあるようだ。

 こうして開発投資を抑えたことで、これまで手薄だったセグメントの開発に原資が回せるようになった。その結果、VWは近年、小型SUV「ティグアン」やミニバン「トゥアレグ」などを市場投入している。

進化するメガサプライヤ

 この戦略を陰で支えているのが、M&Aで巨大化したメガサプライヤだ。グローバルな部品メーカーとして有名な独ボッシュ以外でも、タイヤメーカーのコンチネンタルは、2007年にシーメンスの自動車部品事業を114億ユーロ(1兆2950億円)で買収し、巨大部品メーカーに変身した。VWが求める最適な技術を供給するために「守備範囲」を広げる必要があったとみられる。さらに守備範囲が広がることで世界の他メーカーとの取引も増え、生産拡大によってコスト低減に結び付く。

ボッシュの2011年1月におけるグローバル拠点および従業員数 ボッシュの2011年1月におけるグローバル拠点および従業員数 2011年6月の「第60回オートモーティブ・プレス・ブリーフィング」における資料より抜粋

新興国需要の取り込みと内燃機関技術向上の相関性・必然性

 また、VWは2007年1月に経営陣を刷新し、現在のヴィンターコルン会長が就任して以来、攻めの経営に転じている。新しい経営計画である「マッハ18」では「2011年の世界販売目標を800万台と定め、2018年までにトヨタを追い越す」と宣言。同時に環境技術への積極投資の方針を打ち出した。

 VWの環境技術で注目されるのは、直噴エンジンを進化させターボチャージャーと融合させた「TSI」と、マニュアル変速機(MT)をベースに開発した「DSG」だ。燃費効率は、オートマチック変速機(AT)→無段変速機(CVT)→マニュアル変速機(MT)の順に良くなるが、CVTとMTの間では、ATとCVTの間以上に燃費効率の差が大きく、圧倒的にMTの方が燃費効率はいい。また、ターボチャージャーと組み合わせたことで、エンジンを小型化しても高い馬力を維持できるため、燃費効率を重視する最近の市場での評価が高まった。決して派手さはないが、実用性を重んじた技術改良といえるだろう。

TSI VWのWebサイトで公開されているTSIの解説から抜粋 「低い回転域から素早く過給を開始するスーパーチャージャーによって、高回転域を得意とするターボチャージャー特有のターボラグを解消。逆に高回転域になるほどエンジンへの負荷が高まるスーパーチャージャーのデメリットも、ターボチャージャーへのスムーズな切り替えによって解決」とある

 既存の技術を進化させるので、ハイブリッドなどの新技術に比べて投資が少なくて済む。市場が拡大する新興国では、価格の安さと燃費効率の良さが拡販上のポイントとなる。VWの車が中国やロシアなどで評価されているのはこのためであろう。ちなみにトヨタのハイブリッド車「プリウス」は2010年に全世界で50万9000台売れたが、その内訳は国内で31万5000台、北米で14万4000台、欧州で4万2000台と先進国比率が98%。新興国ではほとんど走っていない。

 日本メーカーも1990年代には、三菱自動車が「GDI」、トヨタが「D-4」など直噴エンジンの開発を行ったが、さまざまな要因も重なり尻すぼみに終わっている。両社とも直噴エンジンから撤退し、ハイブリッド車や燃料電池車などに開発リソースをシフトさせた。ターボチャージャーの技術もすたれた。この結果、日本メーカーは内燃機関の技術改良が遅れる傾向にあり、これが新興国市場で販売が伸びない理由の1つである。

ハイブリッド技術への慢心と挑戦の欠如はないか?

 2008年以降、VWの経営は軌道に乗り、同年9月に起きたリーマンショックの傷も浅く、赤字に転落しなかった。低迷期のリストラによって経営体質が「筋肉質」となっていたことや、北米市場への依存度が他メーカーに比べて低く、経営資源を均衡的に配分するグローバル戦略を取っていたことがその要因だ。

 VWの攻勢はさらに強まり、日本メーカーの脅威となっている。既に強い地位を築いている中国ではさらに現地生産を強化し、広州近郊に新工場を建設する。これまでVWは中国では、上海や長春が主要拠点だったが、日本メーカーの牙城である南部にも攻勢をかける。撤退した北米での生産にも再参入し、テネシー州に年産15万台の能力を持つ新工場を2011年中に稼働させる。北米市場専用モデルのセダン「パサート」を生産し、トヨタ「カムリ」やホンダ「アコード」に対抗させる。

 こうした動きに対して、日本メーカー、特に「勝ち組」といわれてきたトヨタやホンダの動きは鈍い。「ドル箱」だった北米市場向け中心の商品開発からなかなか脱却できないでもがき苦しんでいるように映る。ハイブリッド技術以外に、消費者や投資家が驚き感心するような新しい実用的な技術も出て来ない。厳しい言い方だが、ハイブリッド技術に慢心している間に新しいことに挑戦してこなかったに等しい。

 VWの反転作戦や日本の「勝ち組」のもたもたぶりを見ていていえることは、企業は苦境の時代に次のチャンスの芽があり、絶頂期に転落への萌芽がある、ということではないか。一見矛盾するようだが、短期的視点でのリストラと長期的な視点でも前向きな開発投資を同時進行で行わなければ競争力は維持できないのだ。

 次回はより詳しくVWなど世界の自動車メーカーのモジュール戦略深層を取材する。


筆者紹介

井上久男(いのうえ ひさお)

Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/

フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。



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