「協力しないかと言われたら『Why not?』ですよ」〜月面レースに挑む研究者、東北大・吉田教授(後編)再検証「ロボット大国・日本」(5)(2/2 ページ)

» 2011年08月16日 10時43分 公開
[大塚実,@IT MONOist]
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宇宙探査も民間でやる時代に?

 WLSローバーの開発は、2009年夏にスタートした。どういった経緯で始まったのか、そのあたりを吉田教授に聞いてみた。

 Google Lunar X PRIZEが発表されても、日本から参加を決めたチームはなかった。「恐らく興味を持った人は大勢いたと思います。しかし、われわれもそうでしたが、実際に金額や規模を考えたら難しいなというのが結論でした」(吉田教授)。

 そこへ、WLSの知人から声が掛かる。ランダーは彼らが開発するという。こちらが担当するのはローバーだけで、それなら長年の経験がある。吉田教授は「あまり深く考えずに、誘われたから“イエス”と言ってしまいました。面白そうだし、協力しないかと誘われたら『Why not?』ですよね」と笑う。

取材に対応してくれた吉田和哉教授(右)とローバー担当のNathan Britton氏(左) 取材に対応してくれた吉田和哉教授(右)とローバー担当のNathan Britton氏(左)。ちなみにBritton氏は日本語もペラペラ

 Google Lunar X PRIZEの位置付けは、大学の超小型衛星にも近いのだという。従来の大型衛星は国家が何百億円も掛けて開発する公共事業的なスタイルであったが、超小型衛星は1桁も2桁も小さな予算で宇宙にアクセスできることを示した。もちろん、宇宙での技術開発は国の重要な役割であるし、大型衛星でしかできないことはあるのだが、民間がもっと活躍できる可能性が見えてきた。Google Lunar X PRIZEは、その流れを宇宙探査にも広げようというものだ。

 ただし現実問題として、月惑星探査には地球周回以上のコストが掛かる。ランダーやローバーを作ったとしても、ロケットに運んでもらわないと何もできないが、遠くに行くためにはより大きなロケットが必要になるので、どうしても高くなってしまうのだ。

 しかし、現在、有力視されているのが米Space Exploration Technologies(SpaceX)社の「Falcon 9」というロケットだ。SpaceXは、PayPal創業者であるイーロン・マスク氏が設立した宇宙ベンチャー企業。Falcon 9はまだ打ち上げ実績は少ないものの、高さ55m、重さ333tの2段式ロケットで、地球低軌道(LEO:Low Earth Orbit)に約10t、静止トランスファー軌道(GTO:Geostationary Transfer Orbit)に約4.5tを投入する能力を持つ。これは日本の主力ロケットである「H-IIA(標準型)」とほぼ同等であるが、打ち上げコストは6000万ドル(同48億円)以下と非常に安い(H-IIAは、大体80億円以上)。まさに“ロケットの価格破壊”だ。

射場に立つ「Falcon 9」ロケット 射場に立つ「Falcon 9」ロケット。既に宇宙船「Dragon」の打ち上げにも成功している©SpaceX

 Falcon 9であれば、他チームとの相乗りが可能で、2チームなら打ち上げコストは半額になる。それでもプロジェクトの費用は「トータルで50億円以上必要になる」(吉田教授)とのことだが、これは大手企業の広告宣伝費として見れば決して法外な額でもない。WLSは、企業スポンサーと個人募金の両面狙いで資金を調達する計画だ。

 他チームの動向だが、最も強力なのはカーネギーメロン大学の技術がベースとなっているAstrobotic Technology。既にロケットについてはSpaceXと契約しており、早ければ2013年12月にも打ち上げると発表している。

一向に進まない国の月探査計画

 日本の月探査計画については、この連載の第1回「日本は本当に『ロボット大国』なのか」でも書いたように、先行きが見えない状態になってしまっている。「月探査に関する懇談会」という諮問機関が「月探査を戦略的に進めることが重要」との方針を出し、「かぐや」後継機も2010年代半ばの打ち上げを目指しているが、まだ正式プロジェクトにはなっていない。国際宇宙ステーションの維持や情報収集衛星の打ち上げなどに定額的なコストが掛かっている中で、本当に予算を出せるのか。準天頂衛星の本格配備を進める動きもあり、そうなるとますます予算を圧迫することになるのは間違いない。

 「月探査を国家プロジェクトとして税金でやるには、国民のコンセンサスを得る必要がありますが、議論ばかりで日本は一歩も動いていません」と吉田教授は指摘。さらに「要素が多過ぎて国が意志決定できないときには、民間のベンチャーが新しいことをやってみる。それが世の中に受け入れられれば続くだろうし、新しい展開が開けるでしょう。Google Lunar X PRIZEは、そういった現状に対する問い掛けでもあります」と続ける。

 「超小型衛星とは桁違いのリスキーなチャレンジだが、Google Lunar X PRIZEに挑むことで世の中が変わるという確信があります。レースである以上は負けないように頑張りたいが、結果だけが全てではなく、それに向かっていくプロセスが一番大事。このプロセスに対し皆が応援してくれるようなことをやりたい。そこに、いろいろな価値を見いだしてもらえればいいなと思います」(吉田教授)。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、東北大学も大きな被害を受けた。前回紹介した「雷神2」はその影響もあって完成が遅れたが、実はこの地震が起きた当日、吉田教授のグループはローバーのフィールド実験のために、仙台空港そばの閖上(ゆりあげ)海岸に行く予定だったという。ところがその数日前、学生がモーターを焼き切ってしまったために、実験は延期。おかげで一行は難を逃れた。

 この強運をぜひ、月面でも発揮してほしい。東北の復興に向けた、それが何よりの応援になるはずだ。

筆者紹介

大塚 実(おおつか みのる)

PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)、「宇宙を開く 産業を拓く 日本の宇宙産業Vol.1」「宇宙をつかう くらしが変わる 日本の宇宙産業Vol.2」(日経BPマーケティング)など。宇宙作家クラブに所属。

Twitterアカウントは@ots_min


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