メイド・バイ・ジャパンのクルマが売れなくなった――中国高級車市場でドイツに負ける理由井上久男の「ある視点」(7)(2/2 ページ)

» 2011年10月25日 13時00分 公開
[井上久男,@IT MONOist]
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メイド・バイ・ジャパンのクルマが売れなくなった

 筆者が取材した、ある中国自動車産業の事情通はこう解説する。

 「10年前の中国ではカムリやアコードはメイド・バイ・ジャパンを象徴するあこがれの商品だったが、世界の高級ブランドに触れて目が肥えた中国の富裕層にとっては物足りなくなった」

 要は中途半端な商品になったということである。前述したように中国のプレミアムブランドの自動車市場は全体の伸びを大幅に上回る勢いで拡大している。一方で、貧富の格差が激しい中国では5万元程度かそれ以下のエントリーカーも伸びている。内陸部では、2万元のトラックが農民や工事業者向けに売れ始めるとの見方もある。こうした中でカムリやアコードは、プレミアムでもなく、庶民的でもないターゲットの定まっていない商品になっている、といっても過言ではない。

BOP市場と見栄消費市場

 戦略面でも日産を除く日本勢は見劣りする。

 中国の経済発展は、北京や上海などの沿海部から内陸に移っているのは周知の事実。BMWは「2級都市」「3級都市」と呼ばれる、中堅都市で市場拡大が見込める地域を攻め、販売店を増やし、少し価格帯の安い高級車を投入し、顧客を獲得しているのだ。

 人口1000人当たりの車の保有台数は、沿海部の大都市は124台。渋滞や駐車場不足など車の増加に交通インフラなどの整備が付いていけない現状では130台が飽和地点とされる。しかし、2級都市はまだ86台、3級都市に至っては48台であり、こうした地域では年率30%近い販売の伸びが予想されている。こうした地域は価格の安いエントリーカーが主力になると思われがちだが、意外にも、「見栄消費」と呼ばれて高級品が売れる。事業に成功したり、土地を売ったりしてもうけたいわゆる「成金層」も多く存在しており、「多額の現金を大きなスーツケースに入れて持ち運び、高級外車のディーラーで即金決済で買っていくケースをよく見る」(日本企業の現地法人幹部)との話もあるほどだ。加えて最近は、旧正月よりもクリスマスを祝うなどライフスタイルも欧米化が進んでいるという。自動車の「見栄消費」での売れ筋は、

  1. 外観が大きい
  2. 長いホイールベース
  3. 派手なスペック
  4. 品質が高い
  5. ブランド力

の5点がカギとなる。

 BMWはこうした見栄消費に合わせるために、一部の車種でホイールベースを長くして室内空間を大きくするなど、中国市場にターゲットを定めたものを投入している。これに対してトヨタやホンダは、米国市場で評価された商品を中国にそのまま持ってくる傾向がある。中国と米国の消費スタイルには似た点があるとはいえ、それでは中国の顧客の声に耳を傾けていることにはなるまい。

伝わりにくい「おもてなし」

 ブランド構築でも後れを取る。表記一つとっても、BMWは「宝馬」、ベンツは「奔馳」といった具合に漢字からイメージがわいてくる。レクサスもかつては「凌志(志は天よりも高いという中国では非常にポジティブな意味)」と中国では大変イメージの良い表記だったが、いつの間にかイメージの伝わらない当て字の「雷克薩斯」と変わってしまった。

 さらにBMWは中国では「ドリーム」というイメージを打ち出し、外資などで働くエリート層が自分も頑張れば買うことができる「あこがれ」を強く演出している。経済成長著しい国らしく、サラリーマンの立身出世と重ねているのだ。かつてトヨタが日本で「いつかはクラウン」とのキャッチコピーでイメージ戦略を作ったのと同じだ。

 これに対してレクサスは「おもてなし」のイメージで売っているが、中国人には伝わりにくい概念だという。いかに良い製品を作っても、その国の風土や文化とマッチしなければそれは自画自賛で終わってしまう。

 この構図は時計産業の構図に少し似ているのではないか。日本製がいかに性能が良くても、ロレックスやオメガなどのブランド力にはかなわない。海外の高級ブランド時計のムーブメントは日本製も多いと聞くが、それはしょせん部品の下請けにすぎず、「主役」ではない。

「坂の上の雲」の精神が「雲」のおごりに変わってしまった?

 日本勢の高級車は中国で巻き返すことができるのだろうか。それには基本に忠実に、現地の目線でマーケティングを行い、それを技術と融合させるしかない。遅ればせながらトヨタは上海近郊の常熟市に開発センターを開設する計画であり、ホンダも今年(2011年)から北京に商品企画や開発を担当する部署を新設した。変化が速い市場の動向に付いていけるかも課題になるだろう。

 ここまで述べてきた中国での高級車市場の現状と日本のメーカーの出遅れ。日本勢の敗因を分析すれば、きっとその本質は中国市場だけの問題とは限らないだろう。

 日本の自動車産業はまさに「坂の上の雲」の状況に置かれている。

 小説『坂の上の雲』で描かれた明治初期の日本は、坂の下から欧米近代国家の姿を追っていた。しかし、いつの間にか坂を上り詰め、雲を追い越す成功体験を手に入れてしまった。自身が雲として追われる側になったいま、雲としてあり続けるためには、さらに一歩突き抜けねばならない。しかし、成功体験が強いが故に、過去を健全に否定し、新たな方向にかじを切れず、もがいているようにも見える。

 その方策は明らかに雲を追っていたキャッチアップ時代とは違う。一つだけいえることは、しがらみにとらわれない人材を活用し、突破していくしかない、ということだ。

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筆者紹介

井上久男(いのうえ ひさお)

Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/

フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。



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