板金工場が考えたiPadのデジタルサイネージマイクロモノづくり 町工場の最終製品開発(15)(1/3 ページ)

受注が大きく落ち込んだ自社の板金加工業を元気にしたいと考えた末、行き着いたのはデジタルサイネージの世界だった。

» 2011年11月25日 11時55分 公開
[三木康司/enmono,@IT MONOist]
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 中小製造業がマイクロモノづくりをするのには、さまざまな理由があります。

 例えば以下のようなことが挙げられます。

  • 全く立ち行かない本業をカバーしたい
  • 社内の活性化のための活動
  • あくまで、本業の営業窓口として

 今回紹介するのは、川崎市で板金工場を経営するリ・フォースのマイクロモノづくり事例です。登場するのは、同社 代表取締役 椛沢英一氏です。

椛沢 英一氏 自社でデザイン・設計・製造したペン立てを手にするリ・フォース代表取締役 椛沢英一氏

 今回の事例では、「本業の活性化を図る」意味でのマイクロモノづくりの事例となります。リ・フォースのメインのお客さんはアーケードゲームの開発メーカーで、受注の多くは大型の板金製品が占めています。

 アーケードゲームの業界は、量産といっても生産台数が数百台レベルのことが多く、新製品が市場に出るスピードも早いです。なので、加工メーカーと濃密な打ち合わせをして、短時間で設計・加工をする必要があります。

 

 そんな背景から、川崎市という“首都圏に工場がある立地”を生かして、ゲームメーカーの開発部門と濃密なコミュニケーションを取りながら、迅速にかつ柔軟に開発することで、海外の加工メーカーとのコスト競争に勝ち抜くことができたということです。

きっかけは社内の設計部門の提案から

 リ・フォースがマイクロモノづくりを始めたきっかけは、同社の設計部門の方から「最終製品を開発して、展示会に出展しないか」と提案されたことだったと言います。

PipeGollery 初期に挑戦した一般商品ペン立て

 2008年のリーマンショックで、同社の受注は約半分になってしまったそうです。そこを打開するには、既存顧客だけではなく、新規のお客さんをもっと積極的に獲得しなければ。これまでのようなBtoBの製品だけではなく、BtoCの製品を作ることで、注目を集めて、その結果としてBtoBの受注へとつなげられるのではないか――そう、設計部の方は考えていたようです。

 「展示会に出展する」ということはそれなりのコストも発生しますから、椛沢氏は正直、その提案を実行するかどうか悩んだそう……。それでも結局は提案を飲み、社内にある加工機と加工技術で出来る製品から始めようということに。

 最初に開発したのは、金属製のデザインチェアとペン立て。外部のデザイナーと社内の設計部と協業をして作り上げました。

 ひとまず物ができてから、椛沢氏はこれまで全く経験のなかった小売業のことで頭を悩ませることになりました。

小売を体験してみて、流通マージンに驚く

 上記のデザインチェアやペン立てを展示会で展示してみたところ、幾つかの大手量販店のバイヤーや、カタログショッピング業者などから引き合いがきました。

 実際に大手の量販店らと卸(おろし)価格について話を始めると、想像以上に販売店のマージンが高く、当初設定していた販売価格から逆算すると、製造原価から見直さなければならないと分かり、愕然(がくぜん)としたと椛沢氏は言います。

 リ・フォースは、それまでBtoBの取引がほとんどで、前述のように椛沢氏も小売を経験したことがありませんでした。ですから、流通マージンのことを十分に検討して販売価格を決定したわけではなかったのです。

 結局のところは、価格が折り合わず、量販店に卸すことをあきらめることになりました。

BtoBの世界ではあり得なかったこと

 上記の引き合いの中には、「都道府県が開催するイベントの記念グッズとして利用したい」という件もありました。

 同社が開発したペン立てにイベントのグッズのキャラクターを印刷し、記念会場のおみやげグッズコーナーで販売してみました。

 ところが、イベント終了後に、「販売店に卸した数」と「販売できた数」が合わないことが発覚してしまいます。不思議に思って、販売店から話を聞くと、なんと万引きの可能性が高いとのことでした。これには衝撃を覚えたとか。BtoBの商売では万引きのことなんて心配する必要はありませんでしたから。

 実際の小売の現場では、万引きまで考慮して販売をしなければならないという事実に、言葉を失ってしまったそうです。

 いろいろと悩んだ末、自社の直販と併せて、たまに土産物屋に置いてもらうという道を選びました。

 ケースやデザインに改良を加えたペン立てを中心にして、「高級志向」というコンセプトに切り替えて販売をスタートさせたのです。

看板からデジタルサイネージの世界へ

 さらに椛沢氏は、自社開発のスチール椅子(いす)やテーブルを広告用什器(じゅうき)の世界に売り込んでいきました。しかし、板金製サインボードの依頼ばかり……。それは、コンスタントな依頼があるわけではなく、しかも生産台数が少ないのです。

 そこで何とか、「数が出る商品はできないものか」と模索していきました。

 そんな矢先、展示会出展していたある製品に注目が集まりました。外部企業から企画を持ち込まれ、リ・フォースが設計・試作した波形のデジタルサイネージのデモ製品でした。このときは、デザインや仕上げの美しさが評価されたようです。

i-nage i-nageの原型となった、波形サイネージについて説明をする椛沢氏

 この頃から、タッチパネルによる情報選択・取得が一般化してきていました。例えば、回転寿司でネタを選ぶ、居酒屋でオーダーするといったシーンなどです。そのようなニーズから生まれた試作品でした。

 そこでさらに、ある画期的なヒット製品が登場します。

ヒット製品がタッチパネルブームに火を付けるか

 2010年に発売と同時に爆発的に販売数を伸ばした「iPad」。その発表当初、これまでPCなど使い慣れていなかった子どもや、お年寄りなどのユーザーへの普及が想定されていたようです。しかし実際に販売開始されると、従来のPCユーザーやビジネスマンたちにも広がっていきました。

 かつては、情報を検索したり閲覧したりするために「PC画面に指で直接触る」ということは「画面が汚れる」といって敬遠されたものでした。ところが、iPadが爆発的にヒットしたことで、「画面をタッチすることで情報へアクセスする」という行為が、人気になっていきました。

            

 そこで、従来のタッチパネルを利用していたデジタルサイネージと、この爆発的に広まったiPadを組み合わせて活用したどうなるだろう―― ということで、リ・フォースではiPadを収納できるスタンドの設計を開始します。

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