なぜ、パナソニックは有機EL照明事業開発に熱心なのかを推察する知財コンサルタントが教える業界事情(11)(3/3 ページ)

» 2012年01月19日 12時20分 公開
[菅田正夫,@IT MONOist]
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スマートシティの根源にある直流電力化と有機EL照明の可能性

 発電機である太陽電池や燃料電池といった分散型電源から得られる電力は直流(DC)です。一方、電力会社向けには交流に変換しなくてはなりません。変換すると当然エネルギーロスが発生してしまいます。そこで、得られた電力をわざわざ交流(AC)に変えて電力会社に売るのではなく、発電機を設置した場所(家庭・事業所)およびその周囲で、直流のまま利用する方が効率的です。

 そして、日本のエネルギー利用の約30%は照明・家電・冷房の各用途ですから、蓄電池までを取り込めば、電力を直流のままで利用する家庭や社会のシステム形態を描くことも可能になります。有機EL照明は直流配電でそのまま利用できますから、これからの時代に適合した照明といえます*。

 ですから、「スマートハウス」や「スマートシティ」といった概念の根底には、直流配電の考えがあります。ここでは、「蓄電池」と「発電機(太陽光発電/燃料電池)」、さらにはそれらの「エネルギー管理をするシステム」が3要素となります。家庭や事業所の管理システムとなれば、水利用や防犯/セキュリティ、さらには窓の開閉といった管理にまで、その対象範囲が広がります。ですから、蓄電池の一部、あるいは電力利用者として、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)までを巻き込んだ、家庭や社会のシステムにまで発展することができます。

 上記のような技術的背景を考慮すると、総合家電メーカーであるパナソニックとしては、社会インフラ事業開発への展開までも視野に入れ、ぜひとも取り組みたい事業開発テーマであろうと推察されます。

 とはいっても、このような社会的なシステムの実現には、さまざまな機器間の規格が統一されると同時に、多くの人々が購入/設置できる価格にまで下げる必要があります**。このような社会システムの実現には、太陽光発電や燃料電池ですら補助金制度なくしては普及できない、という現在の状況を見据えた各企業の事業開発努力が求められています。


*時代に合致した照明 「光と生体リズムの関係(サーカディアンリズム)」を踏まえ、オフィスワーカーの健康維持と生産性向上を目的とする、「サーカディアン照明」が2000年ごろから導入され始めました。このような機運は、LED照明や有機EL照明を後押しするものとなっています。

**さまざまな機器間の規格の統一に向けた動き 2011年12月21日に一般公開されたスマートハウス構築を目指した新規格「ECONET Lite」を挙げることができます。このWebサイトには、「ECONET Lite」の紹介、記者発表資料、リリースが公開されています。


コラム:コンシューマ製品における技術開発と事業開発


 コンシューマ製品事業の難しさは、「人間の持つ感性」に依存せざるを得ない点にあると筆者は考えています。


 筆者の体験に基づき、日本におけるTV受像機発展の歴史を振り返って考えてみます。初めて「モノクロTV画面」を見た人々は素直に驚き、そしてTV画面(街頭受像機)のプロレス中継放送に人々は群がり、見入っていました*。


 次に、「カラーTV放送」が始まると、家庭に入り込んだTV画面を見て、「色が付いていると、やっぱりきれいだね!」と感激したわけです。とはいっても、現在のような色鮮やかなカラー画面ではありませんでしたが、当時は皆が「初めて見る色付き映像」に驚いていました。それにもかかわらず、「デジタルTV放送」が開始した時には、人々はびっくりする事もなく「TVがデジタル化されるそうだが、それでこれからどうなるの?」という素朴な疑問をぶつけていたわけです。


 つまり、いままでなかったものを初めて見た時の感動/衝撃はとても大きいのですが、次のステップへの進化/進展に対する驚きは、急速になえてしまっているわけです。


 ここで述べたTV放送/受像機の変化の裏には、TV放送とその受像機のカラー化、そしてデジタル化を実現するための大きな技術の進歩があり、しかも「その変化量はケタが変わるほど大きな技術の変化であった」にもかかわらずです。


 つまり、「既にあるものの見かけ上の変化」に対する、「消費者という受け手の感動/衝撃」は急速になえたものとなってしまうわけです。さまざまな技術開発の現場に携わっている(あるいは、携わっていた経験を持つ)方々にはとてもつらいことですが、人間の持つ感性の難しさがここにあると筆者は感じています。


 次に、技術開発成果に基づく製品の事業発展の過程に注目してみましょう。


 発売当初の製品とほぼ同一機能を持った製品の価格は、ほぼ7年後にその価格が10分の1になってしまいます**。


 つまり、新製品を生み出すためには技術開発も必要ですが、「機能の拡充のための技術開発は価格の下落を抑えこむ程度の力しか、持つことができない」わけです。


 ですから、技術の進歩を活用して、


  • 画期的な製品を生み出すことを考えるか
  • 既にあるものを再発明するか

の、いずれかが良策というわけです。


 「これまでなかったもの」なら自分自身で発明するか、作ってしまえばいいわけですが、それはかなり難しいことです。そこで、「これまであったものを、これから伸びてくる技術を生かして再発明する」のがいいだろう、となるわけです。


 例えば、「アナログ銀塩カメラ」はデジタル技術とネットワーク技術を取り込むことで、「デジタルカメラ」に生まれ変わりました。この例は「使い手の立場で、これからはどんなデジタルカメラであればいいのだろうか?」を考え、これからどんな技術を取り込み、現在のデジタルカメラをどう進化/変化させたらいいかを考えるべきだ、との示唆をしてくれています***。


*コンテンツの重要性 TV放送の初期から、放送/通信におけるコンテンツの重要性が既に示唆されていたことになります。
**筆者の調査・分析経験 電卓・ファックス・PC・家電製品を実例として示すことができます。
***ソフトウェアの力 いまやデジタルカメラは、ただそこにあるものを映し出すだけでなく、自動で顔を小さくしたり、きれいな顔にしたりできる時代です。多少のピントのずれやブレ、露出の問題などはソフトウェア補正で十分に対応できます。つまり、少々乱暴ないい方になりますが、「針穴とソフトウェアの組み合わせ」で、デジタルカメラが作れてしまうということです。




備考:分析仕様・条件

 本稿では、下記の分析条件で各社の動向を考察しました。特許データベースの使い方が分かれば、下記の条件検索パラメータを活用してご自身でも確認できます。

データベース

項目 内容
日本特許 CKSWeb
外国特許 CPA Global Discover
KIPRIS・英語版

分析条件

項目 内容
日本特許 3K107AA01*3K107BB02*(3K073+3K107HH)
3K107AA01*3K107BB02*(3K073+3K107HH)
ANDNOT 3K107AA01*3K107BB02*3K107HH05
で得られる特許集合
この特許集合は「3K107AA01(有機)と3K107BB02(照明,光源)と3K107HH(回路)との積集合」から、「ディスプレイ用回路に付与される3K107HH05(画素回路)を除いた特許集合」を意味します。
なお、「IPC(国際特許分類)が特許のクレームに基づき付与される技術的観点の特許分類」であるのに対し、「Fタームは特許明細書に記載されている発明の技術内容に基づいて、日本特許庁が独自に付与している多観点からの特許分類(従来技術に関わる技術内容は付与対象外となっています)」であることに注意してください。
外国特許 IPC(国際特許分類)のうち、「H05B33/08:電場発光光源」「H05B37:電気的光源の一般的回路」「H01L51/50:光放出に適用される半導体装置」および、「発明の名称」「要約」に注目してみました。
企業名 企業名の変遷を考慮しました 例)松下電器産業と松下電工⇒パナソニックとパナソニック電工⇒パナソニック



筆者紹介

菅田正夫(すがた まさお) 知財コンサルタント&アナリスト (元)キヤノン株式会社

sugata.masao[at]tbz.t-com.ne.jp

1949年、神奈川県生まれ。1976年東京工業大学大学院 理工学研究科 化学工学専攻修了(工学修士)。

1976年キヤノン株式会社中央研究所入社。上流系技術開発(a-Si系薄膜、a-Si-TFT-LCD、薄膜材料〔例:インクジェット用〕など)に従事後、技術企画部門(海外の技術開発動向調査など)をへて、知的財産法務本部 特許・技術動向分析室室長(部長職)など、技術開発戦略部門を歴任。技術開発成果については、国際学会/論文/特許出願〔日本、米国、欧州各国〕で公表。企業研究会セミナー、東京工業大学/大学院/社会人教育セミナー、東京理科大学大学院などにて講師を担当。2009年キヤノン株式会社を定年退職。

知的財産権のリサーチ・コンサルティングやセミナー業務に従事する傍ら、「特許情報までも活用した企業活動の調査・分析」に取り組む。

本連載に関連する寄稿:

2005年『BRI会報 正月号 視点』

2010年「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435


おことわり

本稿の著作権は筆者に帰属いたします。引用・転載を希望される場合は編集部までお問い合わせください。



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