洪水が明けて――今年の雨季をタイ現地企業はどう乗り越えるか?知っておきたいASEAN事情(8)(2/2 ページ)

» 2012年06月19日 08時00分 公開
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洪水からの復興、それぞれの選択肢

 今回、洪水による直接の実害を被った工場には、幾つかの選択肢があります。

  • 同じ場所で工場復興
  • タイ国内の他の工業団地へ移転
  • 1+2の組み合わせ(まずは同じ場所で復興を目指すが、リスクヘッジのためタイ国内に別工場を設立)
  • 現地法人を清算しタイから撤退

 それぞれの選択肢には一長一短があるようです。

水際の対策が進む現地で再建を目指す工場

 まずは最初の選択肢である「同じ場所で工場復興」の場合です。

 もっとも多くの企業が、長年にわたって操業してきた同じ工業団地での工場復興を目指しています。この選択肢における最大の問題はリスクヘッジです。今後、自然災害である洪水が再発しない保証はありません。

 ロジャナ工業団地、ハイテック工業団地、ナワナコン工業団地では、工業団地の外周に防水壁の建設を行っています。それこそ字義通り「水際」で被害を防ぐ方策です。

 ただし、工業団地内への水の侵入は防げたとしても、工業団地周辺が浸水した場合、従業員の通勤問題に加え、原材料の入荷、製品の出荷が滞り、現実の生産活動は停止せざるを得ないはずです。

 これでは、本来のリスクの半分も担保されていないように感じます。

 ちなみに2012年5月末時点で、各工業団地の防水壁建設は大幅に遅れており、完成は早くても10月か11月の見込みとされています。つまり、2012年の雨季には間に合わないようです。

 また、工場にとっては今後の火災保険契約も大きな問題です。損害対象に洪水被害を加えていた日系の保険会社は、今回は契約に基づき保険金を支払うが、今後は洪水を保険の対象から外すと表明しているようです*。

* 損害保険大手3グループが5月18日に発表した2012年年3月期連結決算は、タイの洪水被害に伴う保険金の支払いが5000億円を超え、大幅な赤字や減益となりました。

保険各社 出典は読売新聞(2012年5月21日)


 こうした状況下、洪水被害の免責措置が執られることになったと容易に想像できますが、これでタイのカントリーリスクが大幅に上昇したといえます。

 対抗策として、タイ政府は2012年2月7日の閣議で、総額50億バーツ(約123億円)を拠出する火災保険基金の設立を決めています。

火災保険基金の適用対象
項目 定義
1 洪水による床上浸水被害
2 毎時120Km以上の風による被害
3 地震の規模を示すマグニチュードが7.0以上の地震による被害

 これは、被災した外資系企業のタイ撤退を防ぐとともに、今後、タイへの直接投資の足かせになることを懸念した措置でしょう。しかし、基金額が限られていること、また、実際にカバーされるのは、保険対象資産の査定額の30%のみであることから、民間保険会社の洪水被害免責範囲を埋める手だてにはなっていません。

タイ国内での移転に立ちはだかる難問

 次の選択肢は、タイ国内で他の工業団地への移転です。

 このケースにおける問題は、まずは代替地の確保です。近年、自動車関連を中心に、世界中から直接投資が集中しているタイでは、工業用地への需要が高水準にありました。

 例えば、最も多くの日系製造業数が進出しているアマタナコン工業団地もその1つです。アマタナコン工業団地は、東南アジアのこの20年で最も成功した工業団地の1つといえます。

 バンコクから車で1時間弱、スワナプーム国際空港、レムチャバン港にも近いという好立地に加え、整備されたインフラを持ち、工業団地そのもののしっかりした管理体制が評価されています。

 いままで売り出されたPhase 9まではほぼ完売し、現在は次のPhase 10向け用地の整備が行われています。

 この工業団地は人気が高いため、災害後の新たな移転先として検討されているのは、いままであまり進出企業数の多くなかった工業団地です。バンコクからぎりぎり通勤圏にある中部のゲートウェイシティー工業団地、304工業団地がその代表でしょう。

旧工場・新工場の併走案は限られた大資本企業のみ

 代替地が確保できたとしても、次に従業員の確保が問題となります。

 交通機関のほとんどを車とバスに頼るタイでは、勤務先の移転は従業員にとって大きな問題です。現実に、バンコク北部にある工業団地から中部・東部に移転する場合、タイ人従業員ほぼ全員の入れ替えが必要です。生産規模に見合った従業員数を確保できるかに加え、特殊技能を有する技術者や熟練工をどうするかが大きな問題です。

 こうした背景から、まずは同じ工業団地でできるだけ早い復興を目指し(そうしないと、顧客との取引関係そのものに悪影響が発生してしまいます)、加えてリスクヘッジのために、洪水発生の可能性が低い工業団地に別工場を設立する選択肢が出てきたのでしょう。

 しかし、この選択肢には、多額の資金が必要であり、限られた大手製造業にのみ実行可能といえます。

タイからの撤退はごく少数

 圧倒的に少数ですが、最後の選択肢であるタイからの撤退を表明している製造業もあります。

 しかし、タイからの撤退は、所属するサプライチェーンからの離脱をも意味します。よって、近隣国に代替となる供給拠点がある場合を除いては、そもそもタイ事業があまり芳しくない企業が、今回の洪水をきっかけにタイ事業を清算する企業がこの選択肢を選んでいるようです。

外資系企業引止めに本気のタイ政府

 2011年の洪水を引き起こしたチャオプラヤ川上流にあるダムの貯水量は、現在も頻繁に報道されています。いまのところ低い数字で推移していますが、一部では今後の農業用灌漑(かんがい)用水の不足も指摘されています。タイ政府としては、洪水の再発が外国企業のタイ撤退を呼び起こし、外国からの直接投資に支えられているタイ経済の基盤を崩壊させる要因になりかねないと危惧しています。これを防ぐため、第1次産業を犠牲にしてでも、バンコク北部の工業団地を守る意志があるようです。

 しかし、相手は毎年繰り返される自然現象です。タイで事業を行う外国企業としては、あくまでも「自分の身は自分で守る」という覚悟が必要といえるでしょう。


筆者紹介

(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)

1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立

2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立

2006年 Data Collection Systems (China)設立

2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社

1992年より2008年までの16年間マレーシア在住



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