日本の強さと弱さをよく理解すれば、また強くなれるベンダー社長が語る「CAE業界にまつわるエトセトラ」(1/3 ページ)

日本の「現場合わせ自慢」、スペースX、クラウド、そして「解析専任者は出世できない」件……などなど、CAE業界を巡る話題と、日本製造業が抱える課題について、CAEベンダーのトップが語り合った。

» 2012年08月17日 11時00分 公開
[小林由美MONOist]

CAE業界トーク

 CAEベンダーの老舗、Nastranの開発元である米MSCの日本法人 エムエスシーソフトウェアと、流体解析のエンジニアリングサービスを提供するヴァイナスは、2012年5月から6月にかけて「2012年 春 構造性能向上トップソリューションセミナー」を共催した(大阪、名古屋、東京で開催)。この両社の社長、エムエスシーソフトウェア 代表取締役社長 加藤毅彦氏と、ヴァイナス 代表取締役社長 藤川泰彦氏は、同じCAE業界に携わるエンジニア同士、長年の付き合いで、飲み仲間でもある。酒を酌み交わしながら、日本製造業の現状や未来について熱く語り合うこともしばしばだという。共催セミナーもそんな両氏の熱い思いを込め、開催された。

 今回の記事では、共催セミナーの合間で交わされた、両氏の熱い“CAE業界トーク”を切り出してみた。

(左)エムエスシーソフトウェア 代表取締役社長 加藤毅彦氏と、(右)ヴァイナス 代表取締役社長 藤川泰彦氏:共催セミナーの合間に

 藤川氏は1980年に大学卒業後、神戸製鋼に入社し、解析技術者としてCAE(解析)に携わった。研究部門に属しながら、事業部門(設計)に解析を推進する業務にも取り組んだ。そこでは、いわゆる「研究部門と設計部門との橋渡し」を担う役割だったという。後に、組織の外部に向けたソフトウェア開発・販売に携わることになり、それが今日のヴァイナス設立へとつながった。

 一方、加藤氏は1984年に旧日本クレイ(後に日本SGIと合併)に入社。クレイ(Cray)と言えば、スーパーコンピュータ(スパコン)。そこでは解析専任者としてスパコンを活用した解析技術に携わり、やがてその知識を生かしながら、企画やマーケティング、経営と携わっていった。

 両氏がまだ若手だった1980年代は、解析ソフトウェアをメインフレーム(ホストコンピュータ)で動かしていた時代。解析ソフトウェアのライセンスも、大手であっても1企業に1〜2つというのが通常だった。また有限要素法などの解法の信頼性も、いまほど高くはなかった。そんな中でのCAE推進は、苦労が絶えないものだったという。

 ユーザーとベンダー、違う立場のエンジニアであったものの、同様な体験をしてきた。――そんな話から両氏の対談はスタートし、話題はあちらこちらへ飛びつつ、終始和やかに進行した。

藤川氏 実験では「見えないこと」があります。「それを見る手段」というのは、数値解析です。神戸製鋼時代は、「解析を導入すれば、検証の幅が広がります」というような説得の仕方をしていましたね。

加藤氏 トラブルがあって、初めて信じるものですよね。昔、米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルのエンジン開発でも、実験部隊と解析部隊とが衝突したことがありました。「解析結果では、壊れる」と解析部隊が言っても、「解析の前に、実験するべき」と実験部隊に言われてしまう。やってみたら案の定、結果通りに壊れてしまった。ここで初めて「解析をやらなきゃ」となったわけです。人というのは、問題が起こってからでないと、なかなか新しいことにチャレンジできないものなのですね。アメリカ人ですら、そうだったのです。

――日本の場合は?

加藤氏 「もっと」でしょう。「そのトラブルは特有のものであって、普遍性はない」で済ましてしまうのです。そして同様なトラブルを再発させてしまう。そもそも解析をすれば、そのトラブルに普遍性があるかどうかも分かるのですが。

藤川氏 「世のため、人のため」というつもりでも、抵抗勢力があるものですね。「自分たちの仕事(検証)が奪われる」と思われてしまったり……。

加藤氏 ありますね。

藤川氏 例えば実験(担当)グループで、そんな話が結構出ました。逆に、「検証という仕事」のグレードや精度が上がっていくので、そんなことはないのですが。

――新しいことに対して、ついつい腰が重くなってしまいがちな日本人……。それは、今も昔もあまり変わらないのですね……。

日本の強さと弱さ

加藤氏 東京の大田区や品川区にあるような中小企業は、「世界中で、ここでしか作れない」といわれるような素晴らしい技術を持っています。さらにそういう企業が、何百、何千社とあります。しかし、その力だけでは日本にいる1億3000万人が、生きていけないのです。そこを奨励することは、国として見れば、あくまで部分最適であって、全体最適ではないのです。部分だけ見て、「自分たちは強い」「日本が一番」と言っています。まさにこれが、日本の弱さではないかと思っています。

 現在、日本企業はテレビ事業で苦戦しています。数年前まで、皆、想定していなかったことです。まさか日本メーカーが、韓国メーカーに負けるなんて。以前から「そんな時代が来る」と私は言い続けていました。「日本製のテレビは、サムスン製に置き換わる」と。その通りになってしまいましたが……。

藤川氏 それにも因果関係があると思います。円高が進み、製造業の生産工程は現在、アジア圏に移っています。中国から始まり、タイ、ベトナムと……。もともと日本国内で、設計、試作、量産……と全てをこなしてきました。そこでは、“日本独特のやり方”、いわゆる「現場合わせ」が行われました。そして、日本人はその腕前を自慢してきました。「設計のズレを、生産現場が正す」という「匠(たくみ)の技術」が素晴らしいのだと。日本の外から見ると、それは「ちょっと変わった状態」です。

――「匠」という言葉は、いろいろと誤解や批判がありますね。

加藤氏 自己満足になってしまっているのですよ……。

藤川氏 「設計のギャップを現場が正すこと」が「素晴らしいこと」だという勘違いが助長されてしまうのです。過去の日本では――これは極端な場合ですが――「“匠”たちが設計図面を無視して立派な部品に仕上げる」というようなことを誇っていることもありました。昔はそういう考え方であっても、良い自動車ができてきました。しかし海外生産が中心の今、それが通用しなくなっています。「設計と現場のギャップ」を埋めるためには、設計・製造をシステマチックに統合する必要があります。

――日本の“匠”の技術がゆがんだ視点で評価され、それが“もったいない”方向で生かされてしまっているといえます。その原因は、日本の設計技術の弱さにあるということですね。

日本の良さを生かす全体最適とは?

藤川氏

藤川氏 部品点数が多い航空機開発では、日本メーカーにとって大きなハンデがあります。ボーイング(The Boeing)やエアバス(Airbus)では、システマチックに設計が流れています。一方、日本企業における開発は、高度な技術を持つ拠点があちこちに散らばりがちで、システマチックな管理が難しくなっています。

加藤氏 日本の大学や企業では、ビジネスにおいての全体最適の教育がありませんね。単に、部分最適を足していく考え方だけです。

藤川氏 日本は、組織の中のなるべく全てを尊重しようとしてしまいます。日本独特の「合議制的」「村社会的」管理です。全体最適、つまり上から一気に統一せずに、下からばらばらと管理するのです。

加藤氏 聖徳太子の時代からそうなのだから仕方ありませんね。「和をもって尊しとなす」の精神です。日本の村社会というのは、敵同士はあからさまに戦わず、見えないところで地味に足を引っ張り合って、負けた相手を完全につぶしません。部分的にぶつかり合って、妥協するのです。だから日本人が作る製品も、どこか妥協の産物になってしまう。昔はそれで、よい物が何とかできていたのですが……。

藤川氏 4、5年前ぐらい前に、流体解析技術者を集めたカンファレンスがありました。あんなに“熱い”カンファレンスは、それまで見たことなかったですね。そこで重工の大手さんが講演中で、「いまの日本製造業における基幹産業は自動車だが、行く行くは航空機もそのひとつにしたい」と話していました。日本の高い製造技術が生きるのは、航空機のような高精度な部品が要求される箇所です。「みんなでそれを支えよう」という意識の統一感がありました。それを組織として運用できるかどうかは、まだ分かりません。あまりにも大きなテーマですから無理もありません。

 日本のモノづくりに対する勤勉さを生かすシステマチックな考え方ができれば、強い製造業になると思うのです。簡単に言えば、付加価値が低い部分は海外に分散し、国内では付加価値の高い部分を握る、というようなことです。

 自動車については、簡単な技術で実現可能な箇所がある一方、付加価値が高い箇所もたくさんあります。それを分別して製造ラインを作る準備は既にできていて、少しずつ前に進んでいると思います。ところが設計・開発システムの連携が取れているか、といえば、まだこれからです。

加藤氏 後は「既にリードしていること」をどうやって維持していくかです。今までは「リードしても、すぐ追い抜かれる」ケースが多かったですよね。現状で満足しないで、進化し続けなければいけません。「技術的に優れている」と思うと、つい安心してしまうのです。素晴らしい技術を持っていても、マーケットに逃げられたら、負けなのです。「勝つためにどうするか」をもう一度考えることです。電気もハイブリッドも日本の自動車技術は世界トップレベルだと思います。そこでやはり、既存のノウハウだけで満足せずに、どんどん先に押し進めていくことが大事でしょう。

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