「職域を越え、ニーズと技術を結ぶ」――広い視野がモノづくりの新たな価値を創造する本田雅一のエンベデッドコラム(18)(1/3 ページ)

新たな価値を生み出し、市場から高く評価される製品に共通することとは何か? 「マイクロ分光素子」を用いたパナソニックのイメージセンサー技術、デジタルシネマの世界に一石を投じたキヤノンの「CINEMA EOS SYSTEM」から、そのポイントを探る。

» 2013年02月08日 10時05分 公開
[本田雅一,MONOist]
本田雅一

 先日、パナソニックが“光イメージセンサーの実効感度を約2倍に高めることができる”という、大変興味深い技術を発表した(関連記事)。

 この技術を応用していくだけで、単純にイメージセンサーの性能が上がるという直接の変化を引き出せるはずだ。そして、映像機器に関わるその他のトレンドも後押しし、従来では、考えられなかった撮影手法が当たり前になっていくだろう。今回の発表は、民生用カムコーダーやデジタルカメラの性能を向上させるだけではなく、映像作品の作り方までも大きく変える可能性を秘めている。

 もっとも、筆者がこの発表に関心を示したのは、生み出された技術そのものの優秀性だけではない。その技術が生まれてくる過程、プロセスに強く引かれたからだ。

光の回折現象を応用

 パナソニックが開発した新技術を一言で言うならば、「光の回折現象を用いることで、周波数ごとに光を分離する技術」だ。光を周波数によって分離できることから、カラーフィルターなしでも単板センサーでのカラー撮像が可能になるという。

 実は、今回発表された新技術は、ある単独の研究開発成果によるものではない。3つの技術が融合して、生まれたものだ。以降、順番に紹介していこう。

 昔、理科の授業で「光は“波”としての特性と、“粒子”としての特性を併せ持つ」と習った。光を波として使う場合は「光波」、粒子として扱う場合は「光子」と区別して表現されることもある。今回発表された技術内容にも、光波という言葉が出てくるように、元は光を波として扱う際の解析手法に関する研究が基礎となっている。

 パナソニックが開発した新たな「波動解析技術」を用いると、従来の方法に比べて、光波の振る舞いを“高精度かつ高速”に分析可能になる。この技術は「空間を光学定数の異なる領域に分類し、その領域ごとに『ビーム伝搬法(Beam Propagation Method)』を適用することで、反射・屈折・回折などの光学現象を正確に表現できるようにしたもの」と説明されている。

 ビーム伝搬法といわれてもピンと来ない……という読者の方が多いだろうが、波動解析の手法としては“高速だが精度が悪い”方法とのことである。これとは別に、高精度な「FDTD法(Finite-Difference Time-Domain Method)」というものがあるそうだが、こちらは膨大な演算処理が必要になるという。

 簡単に言えば、パナソニックはビーム伝搬法の弱点を補うために、精度を高めるための事前処理を組み合わせ、“速度と精度”の両立を図ったということだ。この技術開発により、大まかな光学特性の設計を高精度でシミュレーションできるようになっただけではなく、微細領域にまで掘り下げてシミュレーションできるようになった。

 その結果生み出されたのが2つ目の技術、「マイクロ分光素子」というデバイスだ。“マイクロ”と表現されているように、光の波長を分離する微細な素子を半導体プロセスで形成する。すなわち、同じく半導体プロセスを用いて製造するイメージセンサーの画素上に分光素子を並べることが可能となり、カラーフィルターなしでのカラー撮像を可能にする。

 マイクロ分光素子は、光の波長よりも薄い板状の高屈折率材料と、その周辺材料との屈折率差によって発生する回折を用いて波長を分離する。光の位相を制御し、微細領域での回折現象を生じさせ、光を色ごとに分離。その際の形状を変えることで特性を可変させる。どのような形状にすれば、どのような分光特性が得られるかを画素ごとに、高精度に演算することで実現できた。

 マイクロ分光素子は、光を特定の色とその補色に分離したり、プリズムのように青から赤にわたってスペクトルを分離したりするなど、さまざまな特性を持たせることができる。ただ、これだけではカラー撮像素子とはならないが、パナソニックはマイクロ分光素子をイメージセンサーに用いた場合の画素配列とカラー復元のための演算アルゴリズムも開発した。これが発表された一連の技術のうちの3つ目となる。

従来との構成比較と特長 従来との構成比較と特長(出典:パナソニック)

 上の図を見て分かる通り、ベイヤー配列のカラーイメージセンサーのように、カラーフィルターを通し、RGBの画素から演算で色を求めるのではなく、隣り合う画素に分光した波長を混色することで、色を求める方法を採用している。例として、ある波長の色とその補色に分離する機能を応用し、赤と青をそれぞれ分離させる素子を設計・配置。ストレートに白い光を当てる画素と組み合わせることで、4つの画素アレイに対して、白+赤、白−赤、白+青、白−青の画素を作り、それらのマトリックスから色を復元する。

 ポイントは「特定周波数を閾(しきい)値に分光するが、遮断はしないこと」だ。一般的なベイヤー配列の単板カラーイメージセンサーでは、画素ごとにカラーフィルターを配置して、特定波長の光以外を遮断した上でイメージセンサーに光を当てる。このため、センサー部に届く光は30〜50%しかない。つまり、全ての光を透過させてセンサーで拾うパナソニック方式は、一般的なカラーフィルターを用いるベイヤー配列カラーイメージセンサーに比べて、約2倍の光利用率を実現することになる。

現行カラーフィルターマイクロ分光素子 現行カラーフィルター(左)とマイクロ分光素子(右)との撮影画像の比較 ※同じ感度のCCDを使用(出典:パナソニック)

 同社が実証実験で示したベイヤー配列センサーとの実効感度の違いを見れば、実際に2倍以上の差があることが分かるだろう。

 マイクロ分光素子は、前述したように半導体プロセスで形成可能であり、どんなイメージセンサー方式でも応用できる。CCDであっても、CMOSであっても、アレイ型の光電変換素子が並んでいるイメージセンサーならば、方式を問わずに活用できる。今後、イメージセンサーの性能向上、方式の改良などが進んでいくものと考えられる。マイクロ分光素子は、どんな方式とも相性が良く、光の変換効率を高められる点で汎用性が高く、将来は応用が幅広く進む可能性もあるだろう。

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