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» 2013年03月19日 09時00分 公開

知財で学ぶエレクトロニクス(5):恐るべきIBMの知財戦略、なぜ太陽電池に賭けるのか? (4/6)

[菅田正夫,知財コンサルタント&アナリスト]

昭和シェル石油の日本公開特許出願状況

 特許データベースの検索により、昭和シェル石油のCZTS太陽電池に関わる日本公開特許出願状況の調査を試みた結果を示す。

  • 日本公開系特許に注目すると、「CZTS系薄膜太陽電池特許」が7件あり、最初の特許出願となる2件を除いた5件は、同一発明者3名によるものである。
  • 上記同一発明者3名のうち、1名は大学院博士課程を終えた若手で、昭和シェル石油のCZTS太陽電池技術の学会発表者でもあることから、IBMとの共同開発を担っている実務者と考えられる。
  • CZTS系薄膜太陽電池特許のうち、最初の2件の特許出願日はいずれも2010年9月であり、IBMとの共同開発公表日の前月の特許出願である。これら2件はIBMとの共同開発発表前の特許出願を狙ったものと考えられ、昭和シェル石油の知財戦略のしたたかさを感じさせるものである。

IBMがCZTS太陽電池開発に取り組むのはなぜか?

 果たして、IBMは新興国や米国に建設するデータセンターへの電力供給の安定化だけを狙って、CZTS太陽電池開発に取り組んでいるのであろうか?

 ICTに取り組むIBMが、なぜこれほど熱心に太陽電池技術を開発、推進するのであろうか? この疑問を解く鍵は地球環境/エネルギー問題と知的財産権制度の仕組みにある。

 ICT業界各社は新興国のICT需要増大に対応すべく、新興国にもデータセンターを設置し、さらには新興国や米国での電力供給の不安に備えて、再生可能エネルギー(太陽光発電や風力発電など)や燃料電池を有効利用しようとしている(関連記事1:IBMがデータセンター向け太陽光発電を提供、インドなどの新興国狙う、関連記事2:アップルも太陽電池、米国最大規模の燃料電池と組み合わせてデータセンターを運営)。

 ICT業界がこぞって、再生可能エネルギーや燃料電池に取り組む理由は、単なる地球環境問題への配慮だけではなく、新興国や米国に建設したデータセンターへの安定した電力供給実現という、もう1つの目的がある。例えば新興国では系統電力が安定しておらず、停電も頻発している。したがって、データセンター側のバックアップ態勢がなければそもそも運用できない。そして、ICT事業を推進するIBMには、太陽電池事業(太陽電池セルやモジュール)計画はないが、「技術開発で得た知的財産をライセンスすることはあり得る」と明言している*16)

*16) MSP TechMediaによる報道「Electrifying Advances」(2001年4月)より。

 となれば、CZTS太陽電池事業を持たずに、CZTS太陽電池技術の知的財産だけを保有することになるであろうIBMは、知財訴訟やライセンス交渉において、NPE(Non-Practicing Entity)と同様の立場を得ることができ、最強の特許権者の立場になる。「約1万件もの買い手のある価値ある膨大な保有特許網」をもつIBMが、太陽電池技術分野で、より一層強固な知的財産的地位を持つことになる。


IBMの恐るべき知的財産戦略の秘密

 IBMは20年連続で、最多件数の米国登録特許を取得している。1993年から2012年までにIBMが取得した米国登録特許は約6万7000件(2012年単年では6478件)である*B-1)

*B-1) 日本IBMのプレスリリース(2013年1月11日、Webページ)。

 しかしながら、IBMは米国特許の権利維持を見直す時期(登録後の権利維持年金支払い時期となる、4年目と8年目、12年目)の時点で、「パテントポートフォリオマネジメント(Patent Portfolio Management)」に基づき、保有特許件数を大幅に削減している。ちなみに、IBMは保有米国登録特許件数の約2割を4年目に削減し、さらに8年目には当初件数の約半分にしており、保有米国登録件数は約2万件と見積もられる*B-2)

*B-2) 「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435

 そして、米国特許商標庁(USPTO)のデータベース*B-3)で検索すれば、IBMが約1万件の米国保有特許の売却を行っていることを確認することができる。

*B-3) 米国特許商標庁(USPTO)データベース(Webページ)。

 では、「保有米国登録特許の徹底した権利維持放棄の実行」と「約1万件の米国特許の売却」をIBMは実行しているにもかかわらず、知的財産戦略が揺がないのはなぜであろうか?

  • (1)IBMに7名いるとされる、パテントポートフォリオマネジャー(Patent Portfolio Manager)と戦略的交渉/契約担当部門の存在であろう。知的財産の管理・維持・運営を担う目利き役を果たす、パテントポートフォリオマネジャーが「保有米国登録特許の徹底した権利維持放棄の実行」を指揮/統括し、それとは別に存在する戦略的交渉/契約部門が、「約1万件の米国特許の売却」の指揮/統括/実務を担っていると考えられる。
  • (2)IBMが保有する強大な特許網を背景に、約1万件の米国特許売却において、「法的規制を配慮したIBM優位な縛りをかけた特許権の売却」を実現する戦略的な交渉力と契約力を持っていることになる。
  • (3)さらに、IBMは事業化の意思はなくても,太陽電池の場合のように知的財産権は確保すると述べていることから分かることがある。巧みな手法で「権利者の名義」が売却先に変わっても、契約的な条項でIBM優位の縛りをかけているものと考えられる。
  • (4)IBM以外の企業同士の争いであるスマートフォンを巡る一連の米国訴訟において、米国訴訟では特許権利者とならなければ、知財訴訟には使えない(特許名義人でなければ,米国訴訟は門前払い*B-4)という法的援護もある。

*B-4) 名義貸与を受けた特許権では、特許訴訟を戦えない。2011年6月、ITCの行政判事は、台湾HTCが対象特許に関する「全ての実質権利」を保有していない(Googleからの貸与であり、将来取り戻す権利を保留した貸与契約)ため、特許訴訟の原告としての適格性を兼ね備えていないとして、これらの特許による訴えを却下している(米CNET Networksによる報道より)。

 したがって、技術に対する目利き力、交渉力や契約力、さらには米国判例の活用で、約1万件の特許を売却しているにもかかわらず、売却した特許ついて保有時と変わらない状況を維持する工夫が可能になる*B-5)

*B-5) さまざまな法的規制を満たす契約でありながら、IBMが望むことを実効的に実現する仕組みを構築していると考えられる。



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