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» 2015年07月23日 11時00分 公開

クルマから見るデザインの真価(5):2つの「YAMAHA」がデザイン交流する理由――両デザイン部門トップに聞く (3/4)

[林田浩一/林田浩一事務所,MONOist]

デザインは全体価値であり人生必需品である

 長屋氏は「“AH A MAY”は“Aha May be”でもあり、これが“Will be”へ、そして“Gotta be”へと進化していく、そんな意味合いも込められたプロジェクトである」と語る。現代は「お客さま目線」という言葉に縛られ、モノづくりの前に市場調査をし過ぎる傾向にある。でも本当にお客さま目線であるためには、自分が見えていなければならない。「どんな人なのかキャラクターがはっきりしないと好きも嫌いもない、存在感のないのと同じ。キャラクターを明確にしていくには勇気や挑戦する自由度が必要」(長屋氏)。だからまずは「May」なのだと。project AH A MAYには、互いのミラーリングと同時に挑戦の幅を持たせる意味合いも込められている。だから互いに干渉しないことは重要なポイントだった。

ヤマハ発動機の長屋氏 ヤマハ発動機の長屋氏

 長屋氏のこの話は、ヤマハ発動機デザイン部門の今の社内での位置付けや役割とも関連しているように感じた。デザインをコアコンピタンスに据えて社内部門となってまだ若いヤマハ発動機のデザイン部門には、デザインへの考え方や、ブランドとはかくあるべし、ヤマハ発動機とはどこからきてどこへ向かうのか、といったことをつまびらかにして社内外へコミュニケーションしていく役割が求められている。「キャラクターをはっきりさせる」ということについて、外部発信による手応えも含め、社内組織へデザインについての価値観を共有する土壌づくりの活動をしていることが感じられる。project AH A MAYは組織活性の効果もあったようだ。

 ブランドとは人格だ。だからそのキャラクターが好きとか共感するとか感じた人が、ファンであったり顧客になったりする。人の内面や印象そのものをコントロールすることは不可能なので、ブランドは“創るもの”ではなく“できてくるもの”。しかし、それもキャラクターが明確であればこそである。何を考え、どこを目指し、どういう性格なのか、一人の人間であればキャラクターを明確にすることは、ほんの少しの勇気があればいいだけかもしれない。しかし企業発信のブランドには多くの人が関わる。その人たち皆が価値観を共有して一貫性のある行動にならなければ、キャラクターは明確にならない。

 デザインはブランドや企業のビジョン、思想や意志などから出てくる提供価値を視覚をはじめとする五感で体感できるようにパッケージする行為ともいえる。キャラクターを明確にするための価値観を共有する上でもデザインは重要となる。デザインは化粧ではなく価値そのものである。

ヤマハの川田氏 ヤマハの川田氏

 楽器にせよ、バイクにせよ、生活必需品ではないだけに、人の好き嫌いを反映する度合いが高くなる。2つのヤマハに共通するキーワードが「感動」というのはこういったことにもよるだろう。川田氏からは、「愛器とか愛着に応えるモノ」「説明的にいいものでは、好き嫌いにまでいかない」「はじめのひと目で、直感的に心をつかむものを目指す」という話しも出ていたが、全くその通りだと思う。われわれは、理屈や測ることができる合理性だけで日々の行動や意志決定をしていない。合理性で測れないものがその人の価値観の背後にはある。

 ユーザーにとっての愛器(愛機)とか愛着のあるモノとなるには、送り手のキャラクターが好きかどうかという要素は大きい。このことは筆者自身も仕事で関わっているスポーツカービジネスを見ていて同じようなものを感じている。

 長く続く顧客は、そのブランドのキャラクターが好きな人であり、新規顧客はそういった既存顧客が連れてくる。そして“好き”の価値観を共有している顧客同士が勝手にコミュニティーをつくったり、友人知人に語ったりして、さらに新たな顧客を連れてくる。逆にブランドのキャラクターが合わないと感じた人は短期間でいなくなる。プロダクトを見ているようで、実際にはブランドのキャラクターへの感情が行動のもとにあることを実感する。

 話がそれてきたが、デザインというものを表現する川田氏と長屋氏、お二方の言葉も印象的だった。「生活必需品ではないけれど人生の必需品」(川田氏)「なくてもお腹が空くわけではないけれど、実はないと最も困る、愛に近いもの」(長屋氏)。

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