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» 2016年04月25日 17時00分 公開

和田憲一郎の電動化新時代!(20):三菱自の燃費不正、試験場所に“不都合な真実”はなかったのか (3/3)

[和田憲一郎(日本電動化研究所 代表取締役),MONOist]
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三菱自動車が持つテストコースは適切な試験場所だったのか

 三菱自動車が愛知県岡崎市に所有する技術センターのテストコースは、1962年にできたこともあり、開所当時は大きかったが、今となってはかなり小さい部類に入る。直線の平たん路は1km程度しかない。果たして、惰行法に適した試験場所だったのだろうか。

 逆に、三菱自動車が実施した高速惰行法は、所定の速度に達すると急ブレーキを踏み、1秒毎の減速変化を測る。つまり、試験場所はそれほど長い平たん路が必要ないことになる。

1周が10km以上にも及ぶ広さの十勝研究所。長い平たん路はあるが岡崎から車両を輸送するのは時間的にも難しい。右下に縮尺 1周が10km以上にも及ぶ広さの十勝研究所。長い平たん路はあるが岡崎から車両を輸送するのは時間的にも難しい。右下に縮尺 (クリックして拡大) 出典:Googleマップ

 岡崎市の技術センターよりも広いテストコースがないわけではない。かつて三菱自動車はトラック/バスの開発拠点として栃木県に喜連川研究所を持っており、テストコースは岡崎より数倍広かった。しかし、2003年1月にDaimler(ダイムラー)資本が入り、その後三菱ふそうトラック・バスが企業として独立したため、付随して喜連川研究所と三菱自動車の関係性が薄くなってしまった。

 北海道には1周10km以上にも及ぶ広大な十勝研究所を有している。しかし、ここまで車両を運ぶのもかなりの費用と時間、労力を要する。さらに、タイミングの問題もある。開発段階であれば、岡崎以外、例えば北海道へ車両を送り、そこで確認することも可能ではある。

 しかし、型式認証の試験は、量産直前の段階で量産時と同じ条件で複数の車両を製作し、岡崎市の技術センターに所属する実験部門によって、日割り/時間割りの短期間で最終確認試験を行う。

 この場合、最終の走行抵抗試験だけを、北海道に車両を送って確認するということは、時間的にも考えられない。

 今回の件の背景には、試験設備/試験場所についての“不都合な真実”があったのではないか……。あくまで私見であるが、そんなことを考えた。ただし、現在調査中とのことなので、その結果を待ちたい。

筆者紹介

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和田憲一郎(わだ けんいちろう)

三菱自動車に入社後、2005年に新世代電気自動車の開発担当者に任命され「i-MiEV」の開発に着手。開発プロジェクトが正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任。2010年から本社にてEV充電インフラビジネスをけん引。2013年3月に同社を退社して、同年4月に車両の電動化に特化したエレクトリフィケーション コンサルティングを設立。2015年6月には、株式会社日本電動化研究所への法人化を果たしている。



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