コマツとランドログの事例に見る「デザイン思考」の実践いまさら聞けないデザイン思考入門(後編)(2/3 ページ)

» 2018年02月23日 10時00分 公開

「プロトタイプ」は製品ではない

 課題を再定義し、解決すべき“モノ”が明かになったら、次の段階として「アイデア(Ideate)」出しを行う。ここでは、100個単位で思い付いたアイデアをアウトプットする。1つのアイデアを付箋紙に書いて、ホワイトボードなどに貼り付けて可視化していく。

 本事例の解決すべき課題は、「ダンプトラックによる土の運搬の効率化」である。そこで考えるべきは「ダンプトラックが土砂を積載して走行する時間を改善するには何が必要か」「油圧ショベルがダンプトラックに土砂を積み込する際、重さを簡単に計量できないか」「ダンプトラックの最適運行を、現場監督やドライバーで共有できないか」というポイントだ。これを基にアイデアを出す。

 こうして出されたアイデアを具現化するのが「プロトタイピング(Prototyping)」と「検証(Test)」だ。ここで重要なのは、両者をなるべく短いサイクルで回すことである。極端に言えば、紙芝居やレゴブロックなどを用いた、会議室で形にできる程度のもので構わない。

最も安く最も早く失敗できる方法が「プロトタイプ」 最も安く最も早く失敗できる方法が「プロトタイプ」(クリックで拡大) 出典:SAPジャパン

 注意したいのは、製造業のエンジニアが考える「プロトタイプ」と、デザイン思考の「プロトタイプ」には考え方の差異があることだ。エンジニアはプロトタイプを完全な試作品(製品)と考える。しかし、デザイン思考における「プロトタイプ」の定義は違う。プロトタイプ制作の目的は、ユーザーからフィードバックをもらうプロセスの一環であり、そのゴールは顧客ニーズの発見である。

 プロトタイピングと検証の反復は、顧客がアイデアを実行するストーリー(カスタマージャーニー)を考える一助にすぎない。何度もストーリーの確認をして現場に行ってフィードバックを得ることで、課題解決の「答え」を明確にしていく。そこに時間やコストをかける必要はない。

 なぜ、このプロセスが重要なのか。

 実は、顧客は課題が再定義されたとしても、その“解”を知らないのだ。アップル(Apple)の「iPhone」を考えてほしい。それまでフィーチャーフォン(ガラケー)を利用していたユーザーが、iPhoneのコンセプトを見せられたからといって指触が動くだろうか。おそらく、答えは「ノー」だろう。乱暴な言い方をすれば、既存製品における顧客からのフィードバックを待っていても、イノベーティブなアイデアや製品は誕生しない。それを導き出すのは、プロトタイピングと検証の反復なのである。

デザイン思考導入の阻害要因は組織の壁

 ではデザイン思考を組織の中に導入するためには何が必要なのかを考えてみよう。

 デザイン思考に興味を持つ人も、実行段階になるとさまざまな壁にぶつかることが多い。各部門がサイロ化して情報共有ができなかったり、過去の成功体験が忘れられず同じことを繰り返したがる部門があったりというケースだ。技術的な制約やコストの問題を第一義に考えてしまえば、「既存施策の延長」や「現状の改善」程度になってしまう。

 例えば、従来の手法で顧客のフィードバックを得るプロセスは、営業部門などの顧客担当が「顧客の声」として話を聞き、それをExcelなどで一覧表にして部門単位で管理していた。しかし、製造業の開発部門などに寄せられるフィードバックは、製品性能に関するものがほとんどだ。これでは物流に関係するボトルネックや、現場全体を鳥瞰できるようなフィードバックを得ることは難しい。

 これに対してデザイン思考では、特定部門のみが担当していた「顧客の声を聞く」という作業は部門の垣根を越えて担当する。顧客の1日の業務をシミュレーションしたり、実際に観察させてもらったりしながら、課題に対する解決策を考えるのだ。

 デザイン思考を導入し、組織全体でイノベーションを推進する環境を醸成するために必要なのは、既存の組織解体と異業種間の交流である。SAPではデザイン思考による変革の鍵として、「People(異業種、異部門など自分と異なる人と交流する)」「Place(自分が所属する“城下町”から離れる)」「Process(共通言語フレームワークを持つ)」という3つの「P」を掲げている。

イノベーションカルチャーを醸成するためのアプローチ 「People」「Place」「Process」という3つの「P」に分かれるイノベーションカルチャーを醸成するためのアプローチ(クリックで拡大) 出典:SAPジャパン

 Peopleでは、コアチームを確立すると同時に、デザイン思考のコーチングできる人材の育成と認知度の向上を目指す。そして、コミュニティーを形成し、デザイン思考を実践する対象者を増やしていく。

 Placeではトレーニングやプロジェクトの実施を通じ、デザイン思考の認知度を向上させるための物理的な“飛び地(プロジェクトスペース)”を作る。組織的には、決裁権のある責任者直轄のプロジェクトとし、自身の所属する部門における役割から一旦離れる。

 さらにProcessでは、デザイン思考の成功を証明するため、社内の先行事例を作り、さまざまなビジネスユニットでプロジェクトを水平展開していくといった具合だ。そして、これらを企業戦略や価値として根付かせる。こうした段階的アプローチでデザイン思考を組織に浸透させ、ビジネスプロセスの1つとして組み込むことが重要となる。

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