「つながるクルマ」が変えるモビリティの未来像

なぜ自動車業界がアジャイル開発? 異業種のライバルと対等に渡り合う手段に自動車とアジャイル開発

「第3回オートモーティブ・ソフトウェア・フロンティア」のセッションから、アジャイル開発の導入に関する講演を抜粋して紹介する。

» 2018年03月09日 06時00分 公開
[齊藤由希MONOist]

 自動車業界の大手企業が「アジャイル開発」を取り入れ始めた。アジャイル開発は、ソフトウェア開発で広く導入されている開発手法だ。アジャイル開発では短い期間で開発を反復しながら機能を追加していくので、ウオーターフォール開発が苦手とする細かな仕様変更や機能追加などに対応しやすいといわれている。BMWは社内でウオーターフォール開発の手法を廃止し、全面的にアジャイル開発に移行しているという。

 自動車業界がアジャイル開発を取り入れる意義について、デンソー 技術開発センター デジタルイノベーション室長の成迫剛志氏は次のように説明した。「Google(グーグル)やApple(アップル)といったテックカンパニーと対等に競争、協業するには彼らと同じ武器が必要になる。彼らはゼロから、迅速に低コストで作り、作りながら考えることが得意だ。それを実現する手段が、デザイン思考、クラウドやオープンソースの活用、アジャイル開発である」(成迫氏)。

 「第3回オートモーティブ・ソフトウェア・フロンティア」(2018年2月22〜23日、主催インプレス)のセッションから、アジャイル開発の導入に関する講演を抜粋して紹介する。

トヨタのモノづくりとアジャイル開発に共通点?

北米トヨタのDebbie West(デビー・ウエスト)氏(クリックして拡大)

 講演には、北米トヨタでアジャイル開発を推進する、IS PMO Group ManagerのDebbie West(デビー・ウエスト)氏が登壇した。

 トヨタ自動車は2018年のCESなどを通じて、「自動車」メーカーではなく「モビリティ」メーカーに変革することや、モビリティサービスの創出に注力することを打ち出している。そのため、自動車業界に限らず、グーグルやアップル、FacebookのようなIT企業も競合となっていくと想定する。こうした中で「自動織機の企業(豊田自動織機)が自動車メーカー(トヨタ自動車)になったように、抜本的な改革が必要である」とウエスト氏は述べた。

 そうした抜本的な改革の一環で、北米トヨタでは販売と製造のシナジーを増やすために組織を一体化することに決めた。

 従来の開発手法ではプロジェクトの成功率が低く、86%が失敗や目標未達になるという事態を経験したという。理想的な状態は価値のあるソリューションを高い品質で素早くデリバリーすることだったが、実際にはデリバリーが遅く、顧客が必要としていない物まで開発してしまっていた。こうした課題の解決として、製販の2つのウオーターフォール開発の体制を融合するのではなく、アジャイル開発を取り入れる方針を立てた。

トヨタ自動車にとって「アジャイル(身軽な、機敏な)」とは(クリックして拡大) 出典:トヨタ自動車

 アジャイル開発には一般に幾つかの思想がある。プロセスやツールだけでなく、個人との対話や交流を重視することや、計画に従うよりも変化への対応を価値とすること。契約交渉よりも顧客との対話を重視する姿勢、資料よりも、動くソフトウェアでデモンストレーションを見せることに重きを置く点などがある。リーダーを含め、社内にこうした姿勢を定着させるため、北米トヨタでは頻繁かつ継続的に学習の場を提供しているという。

問題プロジェクトが劇的に改善

 アジャイル開発は、数年前から幾つかのチームでスタートしていたが、1年半前に全面的に導入した。ウエスト氏は、ある大規模なプロジェクトが大きく改善した事例を挙げた。そのプロジェクトはリリース日を6回延期した停滞状態から、スクラム(アジャイル開発の手法の1つ)を実践。必要最低限のプロダクトに集中して開発を進めることにより、2017年8月に最初のリリース日を迎え、その後は2週間に1度のリリースを実践できるようになった。チームの規模も200人体制から25人まで縮小することができた。

 社内の120ものチームが仕事の優先順位付けや成果の計測を継続的に実行し、必要最低限の機能を持つプロダクトを早期にデリバリーできるようになった。チームレベルで発生した障害を迅速に報告し、エグゼクティブが素早く解決に対応できる体制にもなったとしている。開発に顧客からのフィードバックも反映されるようになったという。ただ、アジャイル開発の導入により、トヨタ自動車から従来のような階層的な組織がなくなったわけではない。小規模なチームのネットワークと階層型の組織が共存している。

 予算の与え方も変わった。従来はプロジェクト単位で資金を与えていたのを、チーム単位とした。会計年度の初めに予算の50%を与え、半年後にデリバリーした価値に基づいて残りを配分する仕組みとなっている。提供した価値に基づいた予算配分となるよう、継続的な検証も進めているという。

北米トヨタでのアジャイル開発導入の進め方(クリックして拡大) 出典:トヨタ自動車

 ウエスト氏は、トヨタウェイやトヨタ生産方式といったトヨタ自動車独自の取り組みとアジャイル開発には共通点があり、相互に影響し合っていると述べた。「その場しのぎではなく、毎日一貫したやり方で実施することが重要なのは、トヨタの思想だけでなくスクラムも同じ。QCサークルのような継続的な学習と同様に、スクラムの研修も定期的に実施している」(ウエスト氏)。

 北米トヨタでの成果は既にグローバルの各拠点に展開中だという。ウエスト氏は「トヨタは変わろうとしていて、自動車業界も変わろうとしている。トヨタができるのだから、他の企業でもやれるはずだ」と講演を締めくくった。

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