VR/ARが描くモノづくりのミライ 特集
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» 2018年08月16日 09時00分 公開

VRニュース:VRの歴史は意外と長く、学生たちは失禁やもちもち感を再現する (1/3)

デルは2018年7月24日、都内で「VR研究会 第1回会合」を実施した。「VR研究会」は同社が2018年3月に設立した産業向けVRの普及を推進するための組織である。今回の特別講演には奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域 サイバネティクス・リアリティ工学研究室 教授 清川清氏が登壇。

[小林由美,MONOist]
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域 サイバネティクス・リアリティ工学研究室 教授 清川清氏

 デルは2018年7月24日、都内で「VR研究会 第1回会合」を実施した。「VR研究会」は同社が2018年3月に設立した産業向けVR(バーチャルリアリティ※)の普及を推進するための組織である。今回の特別講演には奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域 サイバネティクス・リアリティ工学研究室 教授 清川清氏が登壇。研究分野から見たVRの動向について紹介した。清川氏は日本バーチャルリアリティ学会(VRSJ)の広報担当理事も務めている。

※日本バーチャルリアリティ学会ではVRを「仮想現実」と訳すのは誤りとしている。本稿はその定義に従った(関連リンク:バーチャルリアリティとは)。

 1990年代から国内でVRが新しい学術分野として立ち上がっていくさなか、VRSJは学術誌の発行や、国際会議や研究会の開催などを通じて、VRに関連する技術や文化の研究や教育を支援してきた。

 VRSJの会員数は約1300人。同学会は年次で「日本VR学会大会」(学術講演会)や「国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC:International collegiate Virtual Reality Contest)」(2ページ目以降で紹介)を開催する他、教科書「バーチャルリアリティ学」の刊行、VR技術者を認定する検定試験も実施しながら若手育成に積極的に取り組んでいる。

 年次大会はVRや映像制作関連の有名な研究者や識者を招いて、首都圏や地方都市で開催する。参加者は近年では毎回500人ほどになり、作品展示は100点を超える。清川氏は今後、多数開催される国内のVR関連の国際会議やカンファレンスなどのイベントにも注目してほしいということだ。

日本VR学会大会の講演数、企業展示、参加登録数の推移(出典:VRSJ)

VRの歴史をたどろう

 清川氏はまずVRにおける研究の歴史について紹介した。今でいうVRに該当する仕組み(先祖)として、1962年に映像作家のモートン・ハイリグが発表した多感覚体感装置「The Sensorama(センソラマ)」が登場した。「sence」(感覚)と「giorama」(ジオラマ)を組み合わせた造語である。ディスプレイ越しに見える立体映像と併せ、音声や風、においなど五感を伴う体験ができるシミュレーターである。こちらは今日のVRのような、ソフトウェアとハードウェアで構成されたコンピュータによる仕組みではなかった。

1960年代について(出典:VRSJ)

 続いて、1965年には「CADの先祖」といわれる「Sketchpad」の生みの親で米国の計算機科学者であるアイバン・サザランドが初の本格VRともいえる「究極のディスプレイ」に関する論文を発表し、1968年には現在のヘッドマウントディスプレイ(HMD)に近い装置も開発。1967年にはブルックスらが力覚装置「GROPE」を開発した。

 1970年に入ってからはマイコンゲームや家庭用ゲーム機が登場し、やがてディスプレイ(テレビ画面)の映像を見ながらプレイするテレビゲーム(ビデオゲーム)のブームが訪れた。それを背景に、今日のVRの技術の基礎となるコンピュータ技術が発展していく。

1980年代について(出典:VRSJ)

 1980年に入ると光学系技術が進歩しVR機器の研究開発ブームが訪れる。1982年には発明家のトム・ファーネス氏はVRシステムである軍用フライトシミュレーター「VCASS」を開発した。1989年には米国のコンピュータ科学者でVPL Researchの創設者であるジャロン・ラニア氏が「バーチャルリアリティー」という言葉を生み出したといわれる。VPLは商用VRシステム「RB2」も開発している。

 1980年代には日本の研究者たちもVRの研究に着手し出した。VRSJ初代会長で東京大学名誉教授である舘すすむ(漢字は日偏に章)氏、VRSJ現会長である筑波大学システム情報系教授の岩田洋夫氏らである。1980年に舘氏は「世界初」とする「テレイグジスタンス」(遠隔臨場感:さまざまな装置を用いて、遠隔にあるものが近くにあるような体験を提供する。リアルタイムに操作可能)の概念を発表した。岩田氏は1989年に国内初の力覚ディスプレイを開発している。

 1990年には世界のVR研究者を集めたサンタバーバラ会議が開催されたことで、VRは世界初の新学術分野となった。以降は、VR関連の国際会議やカンファレス、学術誌が登場し、学生対抗コンテストの開催といった動きが見られるようになった。「1991年に刊行された『人工現実感の世界』に触発された多くの若者たち(自分自身もそうだ)がVRの研究に取り組んだ」(清川氏)。

1990年代について(出典:VRSJ)

 清川氏は当時の有名な事例として、1990年に松下電工(現パナソニック)が発表したシステムキッチンを挙げた。また1992年にはイリノイ大学による全天周ディスプレイの「CAVE(Cave automatic virtual environment)」の登場により、「従来と比較して品質が高く、それなりにコスト効率も良い仕組み」(清川氏)として認知されるようになった。他、コロンビア大学による知識ベースAR(拡張現実)である「KARMA(Knowledge-based Augmented Reality for Maintenance Assistance)」も登場している。1993年には国内で第1回の「バーチャルリアリティ展(IVR)」が開催された。

 1995年には文部省(現文部科学省)が重点領域研究プロジェクト「人工現実感の基礎的研究」を発表したことで、国内でも新しい学術分野が定義された。「VRがキワモノからメインストリームへ来た」(清川氏)。その翌年である1996年にVRSJが設立された。

 その後、1997年には東京大学が天井も含んだ5面型CAVE「CABIN」を設置。1997年にはキヤノンにより、MR技術を研究するエム・アール・システム研究所が設立された。1999年には奈良先端科学技術大学院大学 教授の加藤博一氏がARのためのソフトウェアライブラリ「AR Toolkit」を開発し、ARの普及・発展に寄与した。

2000年代について(出典:VRSJ)

 2004年には国内では科学技術振興機構(JST)による「CREST」のプロジェクト「ディジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」が開始され、芸術分野でのVRの研究が進んだ。

 当時、VR機器開発のブームとしては下火になるものの、2000年に入ってしばらくたち、廉価なHMD(ヘッドマウントディプレイ)が登場し出した後、再び注目を集めだすことになる。2012年には「Oculus Rift」がKickstarterで登場。2016年には「HTC Vive」など相次いで廉価なHMDが登場し、世間で「VR元年」ともいわれる年となった。

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