連載
» 2018年09月07日 10時00分 公開

AUTOSARを使いこなす(5):日本の自動車業界の「当たり前」は、なぜAUTOSARの「当たり前」にならないのか (4/4)

[櫻井剛,MONOist]
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リスク対応の1つとしての標準化活動

 標準化は、ある意味では「自分にはない相手方の強みを、無力化する」という目的でも利用することができます。うがった見方をすれば、日本がプロジェクトごとの最適化の能力で競争力を発揮してきたのだとしたら、それを無力化するためには、プロジェクトごとの最適化の工数が増えるようにし、かつ、その効果の寿命を短くするようなアプローチが有効です。そのようなアプローチと標準化とは、とても相性が良いように見えます。

 標準化にタダ乗りしている相手を妨害したり、ペナルティーを払わせたりすることはもっと容易です。相手は標準化に参加していないわけですから、その隙に、相手が困るような形で標準を変えてしまえばよいのです。その変更が標準規格に反映され広く受け入れられるようになりさえすれば、もはや自分では直接手を下す必要はありません。相手側の顧客や仕入先がその標準に従うことで、相手側はより一層困る状況に陥り、勝手に追い詰められていくのです。ましてや、相手側が「AUTOSARなど自分には関係ない」などと言っているならば、何の抵抗もないでしょうから、戦いをますます楽な方向に持ち込めます(これ以上は恐ろしいのであまり述べませんが……※1))。

※1)実際、このようなリスクについて申し上げた場合、「縁起でもない(から、そんなことは聞きたくない)」「そんな標準なら近づかなければ良い」というような反応が少なくありません。しかし、標準から逃れることはほぼ不可能と言っても良いでしょう。調達先や納入先の連鎖を通じて、標準の影響を受けてしまうことは避けられません。例えば、あるベンダーが提供する汎用品としてのツールを利用する場合に、そのツールの実装機能やその開発ロードマップでは、有償での個別リクエストや標準が優先されることになるでしょうし、標準から大きく逸脱するような変更の要望は受け入れてもらいにくくなるでしょう。

 どうでしょう。思うつぼにはまってしまっているようにお感じにはなりませんでしょうか。標準化に参加せず、利用し従うだけの立場を選択することは、ただそれだけで大きなリスクとなるのです。

 そうです、声を大にして申し上げます。

標準化への積極的な参加は、リスク対応の1つです。

 もちろん、部品単価を下げるために制約の強いマイコンなどを採用し苦労してでも開発を進めるという、これまでと同じ、いわば単発の最適化のアプローチで永久に戦い抜けられるならそれはもちろん問題ありません。ただし、自動車業界のある特定の1社だけが頑張っただけではそれは無理でしょう。第一、そのような部品があまり売れないようであれば、部品単価は思ったようには下がってくれませんし、ユースケースに合致したものを入手することすらできなくなってしまうでしょう。自動車メーカー、各要素を提供するサプライヤー(ECU、マイコン、ソフトウェアなど)がそれなりの「数の力」を持って取り組まなければ実現できないのですが、その成否に大きな影響力を持つものの1つが、標準なのです。

 当然ですが、日本のアプローチ全てが悪いというわけではありません(そんな大それたことをいえるほどの立場ではありませんし、全てを把握しているわけでも決してありません)。

 しかし、ソフトウェア技術者として想像しやすい部分だけ見てみても、例えば、ソフトウェアをプログラムコードレベルで捉えるのではなく、より抽象化された振る舞いモデル(計算機言語の種類や利用するRTOS/ソフトウェアプラットフォームの種別に対する依存性を排除した形式)として捉え、また、マイコンやコンパイラ、ECUハードウェア構成に対する依存性が高くなりがちな割り込み処理での処理内容を思い切ってタスクレベルに移す、さらにはそこにツール支援を積極的に取り入れることによって、マイコンなどの部品の世代やベンダーを切り替えたとしても、移行作業をスムーズに行えるようにする(そのためにRTEという道具を使う)、というのは、もはやAUTOSARを利用する世界では常識であり、無視できない大きな流れとなっています。

 先に述べたように、「AUTOSARは自分には関係ない」といい続けたとしても、実際にはその影響を避けることは困難です。であれば、大きな流れは変えることはもはや難しいにしても、その中で自分たちにとって使いやすいようにするための取り組み(具体的な提案以前の下地作り)は、今からでも遅くはないでしょう。というよりも、やらねばならないのです。

 なお、「遅くはない」とは言っても、遅くなれば遅くなるほど障壁が大きくなることには注意が必要です。誰もが困っている段階であれば議論はできます。しかし、議論の参加者が合意してしまった後では、新たな参加者が追加や変更の提案を行ったとしても歓迎されるとは限りません。一度内容が固まりそれに満足してしまった後は、どうしても保守的になってしまうものです。ですから、「今すぐにでもやらねばならない」のです。

 既に、世界中の多くの自動車メーカーやサプライヤーが、AUTOSARを「当たり前」のものとして活用しており、国内での導入の増加は今後不可避であることは間違いありません。「導入するべきか否か」はもはや議論の対象ですらないのです。

 ですから、繰り返します。

標準化への積極的な参加は、不可欠なリスク対応の1つです。

 これを機会に、AUTOSARにおける標準化活動への力の入れ方を再考いただければ幸いです。

次回に続く

 連載の第2回では、「問2:まさか、「追い付くこと」だけで終わりではないですよね?」の中で、「やみくもに変化させるだけでは意味はなく、何らかの意図が必要になる、さて、AUTOSARに対する期待は何か?」という趣旨のことを書きました。これに対して、「意図が思い付かないからAUTOSARは追い付くだけで十分。標準化などには取り組む必要がない」という反論があることは既に予想していました。

 その予想が当たったか否かについてはここでは触れませんが、今回は、「標準」「標準化」についてもう少し掘り下げ、標準化活動への積極的な参加がなぜ必要なのか、その理由の一部をご紹介しました。

 次回も、連載第4回で挙げた、AUTOSARで避けるべきことの代表例について掘り下げていきたいと思います。



 2018年11月6〜7日にかけて、「第11回AUTOSAR Open Conference」が上海で開催されます。残念ながら私は参加できませんが、大きな変化を迎えているAUTOSARの現状を感じ取るために、ご参加を検討なさってはいかがでしょうか。

 なお、本稿の最終校正中、2018年9月6日未明に北海道で大きな地震がありました。皆さまのご無事をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまへ心よりお見舞い申し上げます。

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