電気化学現象でAIの限界突破へ、「意思決定イオニクスデバイス」を開発人工知能ニュース

NIMSの国際ナノアーキテクト研究拠点ナノイオニクスデバイスグループは、経験をイオンや分子の濃度変化として記憶し、デバイス自ら迅速に意思決定を行う「意思決定イオニクスデバイス」を開発し、その動作実証に成功したと発表した。

» 2018年09月08日 07時00分 公開
[朴尚洙MONOist]

 NIMS(物質・材料研究機構)の国際ナノアーキテクト研究拠点ナノイオニクスデバイスグループは2018年9月8日、経験をイオンや分子の濃度変化として記憶し、デバイス自ら迅速に意思決定を行う「意思決定イオニクスデバイス」を開発し、その動作実証に成功したと発表した。今後は、高性能/高集積化を進めるなどして、生物のようにプログラムなしでも動作する新しい原理のAI(人工知能)システムに発展させたい考え。

AI開発に求められる新たなデバイス

 現在開発が進められているAIは、CPUやGPUなどの半導体デバイスを用いる従来型のコンピュータと、それらの上で動作するソフトウェアに基づく技術である。半導体の性能向上につながる微細化の限界が見え始める中、より高度なAIを開発するには従来の半導体にとどまらない新たなデバイスを用いたコンピュータが必要になるといわれている。今回NIMSが開発した意思決定イオニクスデバイスは、そういった新しいデバイスの1つになる。

 意思決定イオニクスデバイスは、固体電解質中のイオン移動に起因する電気化学現象を利用することによって動作し、デバイス自身が学習して意思決定を担う機能を持つという。デバイスの基本構造は、水素イオンを輸送できる固体電解質のナフィオン(イオン交換膜に用いられている)に白金電極を取り付けたもので、デバイスに電流を印加したり電圧を測ったりする電気測定部、その計測制御とデータ処理するためのコンピュータを接続している。

意思決定イオニクスデバイスの基本構造 意思決定イオニクスデバイスの基本構造(左)と電極Aに負のパルス電流を印加したときに起こる電位差の変化(右)(クリックで拡大) 出典:NIMS

 デバイスにパルス電流(2Hz)を印加すると、電極海面ではナフィオン内の水素イオンや分子(水素、酸素、水など)の濃度変化が生じ、これによるキャパシターや濃淡電池の作用で回路開放時に電位差(電圧)が発生する。この電気化学現象を利用することで、迅速に学習して適切な判断を行う機能を持たせた。さらに、水素イオンの移動に伴う電気化学現象を利用することにより、新しい経験を重視して適応するという適応挙動の機能も持たせたとする。

 この意思決定イオニクスデバイスを用いて行った動作実証は「多腕バンディット問題」を対象に行われた。多腕バンディット問題は、報酬確率が異なる複数のスロットマシンから利益を最大化するための適切なスロットマシンを選択する数理問題で、現代の社会活動の幅広い分野で応用が期待されている。実際に行ったのは、無線通信の成功確率が異なる2つのチャネル(周波数帯域)AとBに対する多腕バンディット問題となる。

 無線通信の利用者は、AとBの通信成功確率PAとPBを前もって知らない。そこでチャネルA、Bに割り当てられた電極A、Bの電位EAとEBを測定し、高い電位を示す電極に対応するチャネルを選択するように定める。選択したチャネルを用いたデータ送信の成功もしくは失敗が確率事象として与えられ、その結果をデバイスに学習させる。ここでは通信が成功した場合に選択したチャネルに対応する電極に正のパルス電流を、失敗した場合には負のパルスを電流を印加する。この印加電流が電気化学現象を引き起こして、電極間の電位差が変調されることによりチャネルの持つ確率を学習するとともに、その時点で次回に選択するチャネルを電位として出力する。

 なお、イオニクスデバイスの機能を利用する意思決定の方法は、国際ナノアーキテクト研究拠点ナノイオニクスデバイスグループが提案する綱引き理論※)による数理モデルを用いた。

※)綱引き理論:粘菌の光刺激回避行動に着想を得た、報酬確率が高い行動を迅速に選択するためのアルゴリズム

 PAとPBがさまざまに異なるチャネルAとBの組み合わせ条件で実験を行ったところ、選択試行を繰り返して学習回数を増やして行くと次第に正答率が完全正解となる1.0に近づくという結果を得た。また、無線の混雑状況を模擬するためにPAとPBを意図的に逆転させても、試行回数を増やすことで正答率が1.0に近づくことも確認している。ただし、PA=0.6、PB=0.4のように2つのチャネル間の確率差が小さい場合には、今回用いた学習回数とデバイス性能では完全正解に至らなかったという。

意思決定イオニクスデバイスを用いて行った動作実証の結果 意思決定イオニクスデバイスを用いて行った動作実証の結果。通信量を最大化するためにどのチャネルの利用が最適か、学習を繰り返す中で適応している(クリックで拡大) 出典:NIMS

 さらに、3個の電極を持つ2つの意思決定イオニクスデバイスを結合し、2人の利用者が3つのチャネルの通信ネットワークを利用する高度な競争的多腕バンディット問題を解くことにも成功した。2人の利用者が自分勝手に最も良いチャネルを利用しようとすると、重複による混雑で通信が失敗しやすくなり、全体の通信量が低くなる「ナッシュ均衡」という問題が起こる。全体の通信量を最大化するにはナッシュ均衡を避け、たがいにチャネルを譲り合う方が有利だ。今回の動作実証では、意思決定イオニクスデバイスを用いることで、全体の通信量を最大化するための最適な選択を計算することができたという。

高度な競争的多腕バンディット問題の概要 高度な競争的多腕バンディット問題の概要(クリックで拡大) 出典:NIMS
意思決定イオニクスデバイスで実現した譲り合いによる全体の通信量の最大化 意思決定イオニクスデバイスで実現した譲り合いによる全体の通信量の最大化(クリックで拡大) 出典:NIMS

 なお、この研究成果は米国科学誌「Science Advances」のオンライン版で発表された。

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