設計開発プロセスをIoTで革新、ブラザーが採用したデータドリブンアプローチとは設計開発へのIoT活用

製造業のIoT活用で多く見られるのは、工場での生産効率向上や、市場の製品に対するサービス提供などだ。しかし、製品の設計開発プロセスでも大きな成果が得られる。プリンター大手のブラザー工業は、IoTで得られるデータを活用する「データドリブン」のアプローチによって設計開発プロセスを進化させている。

» 2019年04月10日 10時00分 公開
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 製造業のIoT(モノのインターネット)活用というと工場での生産効率向上や、市場の製品に対するサービス提供などを思い浮かべるだろう。しかし昨今では、製品の設計開発プロセスで品質を作り込むために適用する事例も出始めている。中でもプリンター大手のブラザー工業は、アビームコンサルティングが展開するソリューション「IoT Data-Driven Engineering」により大きな成果を出しつつある。

 ミシンからその歴史をスタートしたブラザー工業だが、現在の主力は全社売上高の約6割を占めるプリンターだ。SOHO向けなど、デスクサイドにちょうど良いサイズのプリンターや複合機に特化し、レーザープリンターとインクジェットプリンター両方の製品を展開している。中でも、普及価格帯向けレーザープリンターは、欧米市場で約70%ものシェアを獲得しているほどだ。

ブラザー工業が展開するさまざまなプリンター製品 ブラザー工業が展開するさまざまなプリンター製品(クリックで拡大)

限界に近づきつつあった「イベントドリブン」による開発

 ブラザー工業でレーザープリンターの要素開発と製品設計を担当しているのが、プリンティング&ソリューションズ事業のLE開発部だ。同部では、先述したIoT Data-Driven Engineeringを用いて開発プロセスをさらに進化させようとしている。既に新たなプロセスに基づいて開発した製品の量産も始めており、今後は適用範囲の拡大を見据えているところだ。

 従来のLE開発部における開発プロセスは「イベントドリブン」のアプローチだった。これは、次の開発工程に移るための評価で想定外の動きになる、あるいは市場で何らかの不具合が出るといった、「イベント」をきっかけに問題の原因を追求し対応していくというスタイルだ。ハードウェア製品の開発プロセスとしては、ごく一般的だ。

 しかし、問題の原因究明にかかる時間は予測できない。プリンターの開発では、温度や湿度、ほこりなどいろいろな周辺環境を想定した試験を行い、何万枚というレベルでの印刷試験も実施している。もちろん、センサーから得られるデータも活用し、シーケンス通りに動いているかという確認も行われている。

ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部長の亀山宜克氏 ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部長の亀山宜克氏

 それでも市場で不具合が発生した場合には、各機能を担当している設計者が知見や過去のトラブルなどに基づいて調査したり、類似環境を作って再現を試みたりすることになる。しかし、市場に出てからの環境や使われ方は正確には分からないため、原因を突き止めるまでに膨大な時間をとられることもある。

 プリンターを設置環境、用紙、使われ方、使用年数などさまざまな条件下で安定稼働させるには、設計上の許容範囲を広くしておかなければならない。かたや、市場から求められる機能や印刷速度などは高まり続けており、広い許容範囲を保つことも容易ではない。ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部長の亀山宜克氏は「加えて、製造段階の金型や部品の変動が不具合につながることもあり、その原因を捉えるのは非常に難しい。これまでのイベントドリブンによる開発プロセスには限界を感じていました」と語る。

「データドリブン」で見えない問題を見つけ出す

 このイベントドリブンと異なる、データに基づく「データドリブン」のアプローチをブラザー工業に提案したのがアビームコンサルティングだ。同社は、企業の業務改革や経営戦略、またそのためのIT活用など、基幹業務に関する支援を行う総合コンサルティングファームとして知られているが、データドリブンに関するフレームワークやノウハウを生かしたソリューションを提供するために、IoT部門を立ち上げている。

 一般的に、アフターサービスや製品開発へのフィードバックなどの目的で、市場に出ている製品のデータ収集が行われることは多い。ブラザー工業でも同様の取り組みは一部行っており、アビームコンサルティングによるデータドリブンに関する当初の提案も、市場データを分析して活用することに焦点を当てていた。しかし、そこに本格的に取り組むにはインフラ整備や製品の設計変更も必要で、実現には一定の期間を要する。ならばと提案したのが、データドリブンのアプローチによる開発プロセスだった。

「IoT Data-Driven Engineering」を用いた開発プロセスのイメージ 「IoT Data-Driven Engineering」を用いた開発プロセスのイメージ(クリックで拡大)
ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部 主任研究員の井上雅文氏 ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部 主任研究員の井上雅文氏

 ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部 主任研究員の井上雅文氏は「開発の次工程に進む際、数々の評価を経て問題がないことを確認しています。それでも、その時点で開発者に見えていない問題や、不具合になり得る思いもよらない品質課題を本アプローチによって顕在化することで、後の工程や市場でのトラブルを未然に防ぐことができます。データドリブンであれば、より自信を持って製品を送り出すための手段になると思いました」と説明する。

 2015年末からデータドリブンのアプローチによる開発プロセスの構築に向けた検討を始め、2016年からIoT Data-Driven Engineeringを用いた開発プロセスの導入を開始した。そして、2018年春〜夏にかけてグローバル市場に展開したレーザープリンターの開発、製造に活用され、既に効果を上げている。

量産前にトラブルの芽をつんだ

 ブラザー工業が、データドリブンに基づく開発プロセスよって得た具体的な成果の事例を紹介しよう。カラーレーザープリンター「HL-L3230CDW」の開発における、量産前の不具合特定だ。

ブラザー工業のカラーレーザープリンター「HL-L3230CDW」 ブラザー工業のカラーレーザープリンター「HL-L3230CDW」

 レーザープリンターは、使用環境や用紙の種類をはじめとするさまざまな異なる条件下であっても何万枚も印刷が行えるよう、一定の許容範囲を持って設計される。そうした設計により、通常は市場に出荷した製品は問題なく動作するが、ごくまれに不具合が起こることがある。

 その不具合は、許容範囲を超えた使い方が原因となって起こる偶発的な事象である可能性が高いが、実はさまざまな条件が組み合わさることで“必ず起こる不具合”かもしれない。データドリブンに基づく開発プロセスを導入したばかりの時期に開発を進めていたHL-L3230CDWでは、量産出荷後ではなく、量産開始前の評価の段階で、あるマシンに突然紙詰まりが起こった。最初はこれを偶発的なものと捉えていたが、他のマシンでも再び紙詰まりが発生したため、新たな開発プロセスの導入に合わせて収集していたデータを調べてみると、あるデータの波形が大きくバラつくとき紙詰まりが発生することが分かった。

 データドリブンの開発プロセスによって“必ず起こる不具合”を認識したことから、徹底的な原因究明が進められた。結局、この紙詰まりの原因は、ある樹脂部品の成形不良にあった。成形不良により発生した数十マイクロメートルの寸法ズレが部品の作動を阻害し、用紙検知センサーを誤認識させることで紙詰まりを発生させていた。さらにデータを調べると、紙詰まりが起きなかったマシンでも、寸法ズレが少し大きめのものはデータの変動も大きいことが判明した。

ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部 チーム・マネジャーの松野卓士氏 ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部 チーム・マネジャーの松野卓士氏

 重要なことは、不具合の要因が「量産開始前」にわかったことだ。ブラザー工業 プリンティング&ソリューションズ事業 LE開発部 チーム・マネジャーの松野卓士氏は「知らずに市場に出てしまっていたら、不具合の原因を突き止めるのは非常に難しかったのではないかと考えています。早い段階で原因を突き止められたことで、不具合となり得る現象を後工程に持ち越すことなく量産に移ることができました」とその効果を説明する。まさに期待通りだったといえるだろう。

 亀山氏も「設計者は想定通りに動作することを確認したいのですが、データをどう分析すればいいのかが分かりません。アビームコンサルティングのアドバイスを受けながら分析してみて、想定外のデータが見つかり、それをきっかけに機構や部品の改良につながっている事例は他にもあります。実機の評価では問題がなくても、データ上のブレを説明できる状態にしておくことで手戻りを減らすこともできますし、当たり前のことを当たり前に見える化できる意義も大きいです」と手応えを感じている。

製品、技術の原理原則に基づいた分析ができる理由

アビームコンサルティング ダイレクター P&T Digitalビジネスユニット IoTセクター長の橘知志氏 アビームコンサルティング ダイレクター P&T Digitalビジネスユニット IoTセクター長の橘知志氏

 データ分析に関するコンサルティング業務は、顧客からデータを預かって分析した後、その結果を提出するというスタイルが多い。しかし、アビームコンサルティングの支援は、文字通り現場と一緒に取り組むことが特徴になっている。今回の事例で言えば、アビームコンサルティングが持つデータドリブンに関するノウハウとデータアナリストの視点、ブラザー工業の経験や知見とエンジニアの視点を互いに持ち寄り、突き合わせ、補い合いながら進めていくことで、その製品、技術の原理原則に基づいた分析ができるのだ。アビームコンサルティング ダイレクター P&T Digitalビジネスユニット IoTセクター長の橘知志氏は「われわれは製品開発については素人です。今回の取り組みでは、ブラザー工業様からプリンターについて多くのことを学ばせていただきました。お客さまと一緒に意見を交わしながらやっていくことが大切ですし、ただデータをもらって分析して提出するというやり方では、本当に良いものを生み出せないと考えています」と強調する。

 現在、データドリブンの手法は、ブラザー工業のレーザープリンターの開発プロセスに組み入れられている。紙の搬送、熱のコントロールなど、機構ごと、要素技術ごとにデータ活用のノウハウが蓄積されてきていることから、今後は同様あるいは似ている技術であれば、プリンター以外の分野でも活用していきたいとの考えだ。「当社は、どちらかというとボトムアップで改革したり共有したりしながら技術や知見を広げていく企業風土があります。われわれの事業で行ったことがフレームワークとなっていけば、他の事業にも展開しやすいのではないでしょうか」(亀山氏)。

 将来的には、消耗品の自動補給や、部品の摩耗や劣化を検知して制御を変更したり交換を促したりといったアフターサービス、また市場での使われ方を知ることで根本的な問題解決につなげるといったことも目指したいという。

「IoT Data-Driven Engineering」によるビジネスシナリオ 「IoT Data-Driven Engineering」によるビジネスシナリオ(クリックで拡大)

クラウド化し共有しやすい環境に

 データドリブンに基づく開発プロセスは、オンプレミス環境で効果を確認できたことを受け、2019年5月から日本マイクロソフトが提供するクラウド環境「Microsoft Azure」(以下Azure)上での運用を開始する。クラウド化することで、収集、分析したデータやノウハウを、他のプロジェクトや生産現場にも共有しやすい環境が整うことになる。

 また、ブラザー工業では既に、プリンターの顧客からの市場データ収集をはじめさまざまな用途にAzureを活用している。今回構築した開発プロセスに関わるシステムをAzure上で運用するのはこれからだが、同じAzure上で運用していることを考えれば、データドリブンによる開発プロセスと蓄積した市場データの連携といった新たな取り組みに向けたハードルは高くない。アビームコンサルティングが、日本マイクロソフトとの協業によるシステム構築の事例を豊富に有していることも心強い。

 また、Azureはオープンソースソフトウェアの最新の成果を積極的に取り込んでいるため、いろいろなツールや手法を選んで使用することができ、アルゴリズムのバリエーションやコンポーネントも豊富にそろっている。「これはエンジニアリングテクノロジーのIT活用において重要なポイントです。そういったインフラでなければ、当社のデータサイエンティストも、お客さまも満足できません」(橘氏)。

アビームコンサルティング シニアコンサルタント P&T Digitalビジネスユニット IoTセクターの田渕瞬氏 アビームコンサルティング シニアコンサルタント P&T Digitalビジネスユニット IoTセクターの田渕瞬氏

 一方で、データが多くなればなるほどコストが膨らんでしまうという課題もある。データ特性に応じて、クライアント側がよく使うデータの応答性を高めておき、一部のデータはアーカイブし必要なときに取り出すといった使い分けも求められるが、Azureはこういった工夫もしやすい。アビームコンサルティング シニアコンサルタント P&T Digitalビジネスユニット IoTセクターの田渕瞬氏は「これまでの製造業は、設計は設計、製造は製造で品質を作り込むというようにプロセスごとに分断されていたように思います。しかし、1つの製品を作っている一続きのプロセスなので、設計開発部門で得られたデータを、生産時の製品品質の評価などにも生かせるようにしていきたいです」と語る。

 アビームコンサルティングがIoT Data-Driven Engineeringの提案を進める中で、設計開発など上流におけるデータドリブンのアプローチのニーズは高まっているという。実際に取り組みを始めている企業も増加しつつある。橘氏は「今までは製造部門、生産技術部門の方から注目されることが多かったIoT活用ですが、最近は設計開発部門の方も目を向け始めています。IoT Data-Driven Engineeringを設計開発にもっと活用していただけるようソリューションを強化して行きます」と述べている。

左から、ブラザー工業の亀山氏、松野氏、井上氏、アビームコンサルティングの田渕氏、橘氏 「データドリブン」のアプローチによるさらなる開発プロセスの進化に取り組むブラザー工業とアビームコンサルティング。左から、ブラザー工業の亀山氏、松野氏、井上氏、アビームコンサルティングの田渕氏、橘氏

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「仕組み」でモノづくりの品質向上と開発期間短縮を同時に実現

「品質向上に対する要求」と「開発リードタイム短縮」は常に課題だが、その課題解決の1つが製品挙動データの活用である。データから品質評価アルゴリズムを生成することで、検査の効率化や市場要求の把握も可能となる。


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アイティメディア営業企画/制作:MONOist 編集部/掲載内容有効期限:2019年5月9日