日本の低い経済成長率の要因は本当に中小企業なのか未来につなぐ中小製造業の在り方(1/3 ページ)

日本の中小製造業の生産性は本当に低いのか――。中小製造業の将来像をどう描くのかをテーマに、由紀ホールディングス 代表取締役社長で由紀精密 代表取締役である大坪正人氏が呼び掛け、識者によるパネルディスカッションが行われた。本稿ではその内容をお届けする。

» 2020年03月10日 11時30分 公開
[三島一孝MONOist]

(※)【訂正あり】登壇者の意向により一部図表の差し替えと追加、コメントの一部の削除を行いました[2020年3月11日16:00]

 日本の企業の大多数を担っているのは中小企業である。中小企業白書によると2016年の日本の企業数は359万社で、その内、中小企業が358万社を占めている。日本のあらゆる産業は中小企業によって成り立っているといっても過言ではない。しかし、この中小企業についての風当たりが今強くなっている。中小企業の生産性の低さが日本経済全体の生産性の低さにつながっていると指摘されているからだ。

 本当に日本の中小製造業は生産性が低いのか。そうした疑問のもと、中小製造業の事業承継を目指すホールディングス会社「由紀ホールディングス」を運営する由紀精密の代表取締役社長である大坪正人氏が呼び掛け、「中小製造業の未来を考える」をテーマとしたパネルディスカッションを2020年2月21日に実施した。同イベントは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を考慮しオンラインで開催され、一部報道陣にのみ公開された。

 パネルディスカッションに参加したのは、大坪氏の他、ドイツのコンサルティング会社Roland Bergerのグローバル共同代表兼日本法人 代表取締役である長島聡氏、小川製作所 取締役の小川真由氏、経済産業省 特許庁 中小企業知財戦略総合支援調整官の西垣淳子氏である。本稿ではその内容を抜粋してお届けする。

photo 左からRoland Bergerのグローバル共同代表兼日本法人 代表取締役である長島聡氏、経済産業省 特許庁 中小企業知財戦略総合支援調整官の西垣淳子氏、由紀ホールディングス 代表取締役社長で由紀精密 代表取締役である大坪正人氏、小川製作所 取締役の小川真由氏(クリックで拡大)

中小製造業の事業承継をテーマに

 同イベントを呼びかけた由紀精密 代表取締役である大坪氏は、自らも金属精密加工企業を営む中小製造業でありながら、中小製造業の事業承継問題に強い危機感を持ち、2017年10月に持ち株会社「由紀ホールディングス」を設立。「ルイヴィトンなどのブランドを保有するLVMHグループのような中小製造業のブランドグループとする」(大坪氏)目標を描き、特徴のある技術を持つ中小製造業の経営支援やグループシナジーの創出に取り組んでいる。

 由紀精密は、1950年に前身となる大坪螺子製作所を大坪氏の祖父である大坪三郎氏が設立した。その後1961年に由紀精密工業、2010年に由紀精密へと社名変更をした。1978年に大坪氏の父である大坪由男氏が経営を引き継ぎ、その後2013年に大坪氏が代表取締役社長となり、3代にわたって会社を受け継いできた。その間、当初のねじの製造に代って、公衆電話端末や光ファイバー通信機器の金属部品などを受託して製造してきた。

 しかし、公衆電話の普及が進み需要が大きく減少してきたことに加えITバブルも崩壊。主要な金属部品の受注が大幅に減少し、倒産の危機に陥ったという。大坪氏は経営を引き継ぐ以前の2006年に由紀精密に入社。当時中心としていた電機分野の部品の製造から、航空機や医療分野など、高品質でも受け入れられる業界への転換を図った。加えて、従来は受託製造が中心だったが、製品開発部門を設置しWebサイトなども整備。「研究開発型町工場」を訴え、さまざまな活動を進めてきた。海外の展示会にも数多く出展。欧州を中心に航空機や時計などの展示会に出展し、海外での取引も広げている。

photo 「中小製造業の成功の形がある」と語る大坪氏

 その中で「中小製造業の成功の形があるのではないか」と考えるようになったという。「由紀精密は精密加工が軸足でさらに開発部門を作ったことで『コトづくり』ができ、新たなマーケットを作ることができた。ポイントとして大きかったのは、要素技術を先端産業に展開できたという点だ。成長する産業が変遷していく中で、次の産業に乗れるか乗れないかが中小製造業にとっては大きなタ―イングポイントとなる。要素技術がなければ難しいが、他社に負けない要素技術を持つ場合は、アンテナをしっかり張っていれば、さまざまな勝ち筋がある」と語る。

 大坪氏はこうした方法論を「YUKI Method」として体系化し、さまざまな中小製造業にも適用する考えである。その取り組みの一環として、要素技術を持つ中小製造業をグループ化する「由紀ホールディングス」を2017年に設立した。

由紀ホールディングスで中小企業の生きる道を探る

 由紀ホールディングスは、特徴のある要素技術を持つ中小製造業の企業群の形成を目指したもので、現在はグループ企業13社、売上高総額約70億円、従業員数540人となっている。グループ企業には、由紀精密、YUKI Precision(フランス)、VTCマニュファクチャリングホールディングス、明興双葉、オーフジ電興、明興電工(深セン/香港)、キャストワン、昭和金型製作所、JETEC、国産合金、仙北谷などが所属している。

 大坪氏は「高い要素技術を持った中小製造業をグループ化することで、さまざまな新しい価値を作り出せる。それぞれが独立して企業としての成長を果たすのは前提だが、共通部分はプラットフォームとして展開する。中小製造業1社では持ち得ない機能を共通で展開する。例えば、資金調達や事業戦略、人材採用、企画・広報・デザイン、製品開発、製造技術開発、システム、IT、営業戦略、海外展開などである」と語っている。

 それぞれが持つ要素技術に共通基盤の価値を組み合わせることで新たな価値創出を実現するとともに、ホールディングス内の企業間連携なども推進する。その成果の例として紹介したのが、明興双葉と由紀精密、物質・材料研究機構の共同開発で実現したニオブアルミ(Nb3Al)超極細超伝導ワイヤである。ジェリーロール法と呼ばれるニオブとアルミニウムの箔(はく)を重ね巻きするユニークな手法で、50μm線径での100m以上の細線化に成功。また、単芯構造では最小径となる30ミクロンまでの極細線化に成功している。

 大坪氏は「グループが生み出す製品で社会問題を解決したい。そのためには製品ライフサイクルの衰退期に起こる要素技術の消滅を防ぎ、事業承継問題を解決する必要がある。人口減少の中でも日本が世界で存在感を発揮し続けるためにはモノづくりの力が必要だ」と考えを語っている。

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