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» 2020年04月17日 06時00分 公開

和田憲一郎の電動化新時代!(37):電気自動車とはいったい何なのか、今もつながるテスラとエジソンの因縁 (1/4)

Stay at Home! まるでこの言葉が世界中の合言葉のようになってきている。そのため、まとまった時間が出来たことを活用して、長年考えていたことを取り纏めてみた。それは、「電気自動車(EV)とはいったい何なのか!」という問いである。

[和田憲一郎(日本電動化研究所 代表取締役),MONOist]

 Stay at Home! まるでこの言葉が世界中の合言葉のようになってきている。自動車業界も、新型コロナウイルスの影響によって欧米および日本の工場が停止し、危機的状況に見舞われている。そのような中、逆にまとまった時間ができたことを活用して、長年考えていたことを取りまとめてみた。それは、「電気自動車(EV)とはいったい何なのか!」という問いである。

 言うまでもなく機能的には、従来のガソリンエンジン車に対して、パワートレインを変更し、電池やモーター、インバーターなどにより電気で走行する自動車である。しかし、そこにはパワートレインにおいてガソリンエンジン車と異なる現象が存在する。交流と直流の問題である。筆者も最初に電気自動車の開発を任された時、システム構成図を見て、混乱したのがこの問題だった。

 なぜ、電気自動車には交流と直流が存在するのか。これについて、筆者の考えを述べてみたい。

ニコラ・テスラという存在

図表1:ニコラ・テスラ(クリックして拡大) 提供:テスラ研究所

 交流と直流の話について調べれば調べるほど、ニコラ・テスラ(以下テスラ)とトーマス・エジソン(以下エジソン)に行き着く。特に、テスラは避けて通れない。テスラと聞いて、イーロン・マスクの会社を思い浮かべるかもしれないが、まさにその名前の由来となった発明家である。

 今回、じっくり調べる時間があったので、ご存じない方のために少し紹介したい。時代でいえば、約130〜140年前にさかのぼる。現クロアチア生まれのセルビア人であるテスラは、幼少時、コレラにかかり生死の境をさまよった経験があるようだ。そして、苦学してオーストリアのグラーツ工科大学に入った。大学では、物理学、機械学、数学に熱中する日々が続いていたが、二年目には当時の政治情勢の変化で、奨学金が廃止され、やむなく退学を余儀なくされている。

 しかし、大学時代に入ってから電気の交流に関心を持ち、長い間研究していたテスラは1882年2月、あたためていたアイデアをまとめ、世界で初めて二相交流モーターを発明する。東欧の片田舎に住む無名の若者が、それまで誰も実現できなかった難題を解決したことに、世界中の電気工学者が驚かされた。その後テスラは、二相、三相、四相、六相と展開し、それ以降「テスラの多相交流システム」と呼ばれることになる。

 そして、テスラは、知人を介してパリにあるコンチネンタル・エジソン(エジソン電灯の欧州法人)に入社する。コンチネンタル・エジソンの社長でもあり、エジソンの盟友でもあるチャールズ・バチェラーは彼の才能を見抜き、本社のある米国のエジソン研究所に勤務を推薦する。これがニコラとエジソンの初めての接点である。

 一方、発明王と呼ばれたエジソンは、1879年、数千点にも及ぶフィラメント材料研究の末、直流型の白熱電球を開発した。エジソンは、白熱電流だけでなく、都市への電力供給システムに着手している。システム的思考が得意であり、物事を部分と全体を見ながら論理的に組み立てていくことに優れていたようだ。その結果、直流方式でいく発電システムを考案し、各地に次々と発電所を建設していく。

図表2:二相交流モーター(クリックして拡大) 提供:テスラ研究所
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