特集:IoTがもたらす製造業の革新〜進化する製品、サービス、工場のかたち〜

サービス化に必要な「顧客理解のステップ」とその方法論顧客起点でデザインするサービスイノベーション(2)(2/2 ページ)

» 2020年07月20日 11時00分 公開
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課題設定は「答え」ではなく「仮説」を作り出す

 顧客の課題を発見する思考作業は、答えを見つけるのではなく「仮説を作り出す」ことがポイントである。ただ決して、暗記していた答えを思い出した瞬間のような「ここに課題があった」というすっきりした瞬間を迎えることはない。その思考作業は、事実情報には基づきながらもさまざまな情報源から得た分散的な事実情報を、推論を道具にして紡ぎ合わせていく、地道であり不明瞭なものだといえるだろう。

 そのような困難な思考作業でも、よりどころとなる「定石」は存在するので紹介したい。筆者がプロジェクト設計において常に意識していることは「マクロな視点」と「ミクロな視点」の両面から調査を行い、仮説推論的に考察を深めていくことである(図4)。

photo 図4 課題設定におけるアプローチの方法(クリックで拡大)出典:イノベーション・ラボラトリ

 マクロな視点で注目すべきは、制度改正や社会潮流などの中で巻き起こる社会の「性質変化」やそれを誘発する事象である。抽象的な説明となるが、AがA+となるような定量的変化の調査結果よりは、AがBに変わるような性質変化の調査結果の方が、課題を発見する際には有効な場合が多い。

 例えば「高齢者数がさらに増えていく」ように数が一方向に増える情報よりは「病床数が戦後始めて減少に転じた」という増加から減少へと性質が変化した情報の方が新たな課題を発見しやすい情報となる。見いだせる課題を例として挙げると、後者の情報からは「病院に長居が出来なくなり、実質的に終の住処として病院が利用される時代ではなくなる」という課題設定への示唆が導き出される。そして、その先に現在の状況から性質が変わった社会をイメージし、人生の最後を迎える場所としての自宅において「どのような住宅・医療設備が必要となるか」ということを描くことができれば、それを支援するような専門サービスや家族支援サービスとしてどのようなものが必要となりそうかという形で課題探索の思考が進められる。

 一方、ミクロな視点での調査では、洞察を得る情報源として特定の整理軸上において極端な位置に存在する生活者やユーザーへのインタビュー、その利用シーンへのフィールド観察などが有効となる場合が多い。なぜなら、ある属性の端にいる人は、彼らなりの強い価値観や社会通念に基づき生活や業務を行っていることが多く、そのような極端な人たちの生活様式や行動習慣、業務のやり方、発言の中には、テーマや論点に対する本質的な問いかけや知見を含んでいる場合が少なくないためである。

 このような生活者やユーザーからの問いかけは、マクロ調査結果よりもより本質的な課題設定へのきっかけとなることが多い。また何らかのデータにおいて、特異な状況を把握した際には、その状況をじっくり考察することでも同じ効果が期待できる。製造業の読者の中には、ある製品を本来意図しない形で利用している顧客ユーザーから話を聞き、その製品の本質的な改善や別用途の製品アイデアを着想した経験があるかもしれない。ミクロな視点での課題設定の思考プロセスで狙っていることは、その例と似たところである。

マクロとミクロを組み合わせる意味

 これらのように、マクロとミクロの考え方があるわけだが、マクロな調査結果のみを使って課題を設定しようとすると、新規性と深みがない凡庸なものになりがちである。一方で、ミクロな調査結果のみを使おうとすると、課題がニッチになりがちである。これらを防止するためにも、マクロとミクロの考え方を組み合わせ、社会の大きな変化を捉え課題の一般性を吟味しつつも、ミクロのように特定のユーザーに深くささる課題をみつけだすという取り組み方が理想だといえる。両方の視点を、順列ではなく紡ぎ合わせるように活用するところが重要なポイントとなる。

 サービスアイデアの創出や改善プロセスにおけるスピード感では、モノを扱う製造業では、IT企業やベンチャー企業に太刀打ちできない場合もあり得る。しかし、日本の製造業は、これまで真摯に改善に邁進(まいしん)してきた実績があり、顧客の声に耳を傾けるという基本動作が既に身についているという意味では可能性を秘めている。今後は、日本の製造業が深い顧客理解の方法論とプロセスを活用することで、サービス分野においても世界的に競争力を持つと筆者は期待している。

≫連載「顧客起点でデザインするサービスイノベーション」の目次

筆者紹介

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横田幸信(よこた ゆきのぶ)
イノベーション・ラボラトリ株式会社(i.lab) マネージング・ディレクター

九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了。野村総合研究所にて経営コンサルティング業務に携わる。その後、東大発イノベーション教育プログラムi.school(旧名:東京大学i.school)のディレクターを務め、活動全体のマネジメントを行う。イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、コンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。早稲田大学ビジネススクール(WBS)非常勤講師。


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