「研究開発型」町工場が徹底的にこだわり抜いて開発したアナログプレーヤーデザインの力(2/3 ページ)

» 2020年07月16日 10時00分 公開
[小林由美MONOist]

自分が心から欲しいと思えるものをとことん作りたい!

 新たな製品企画が自発的に生まれる環境には、道具(ツール)の存在も欠かせない。研究開発型を標榜(ぼう)する同社は、社内にあるモノづくりに必要な設備などを従業員に開放し、自由なモノづくりを奨励。それぞれ仕事の休憩時間や就業時間後などを利用して、思い付いたもの、好きなものを自由に製作できるようにした。そうした中には趣味に近いものも含まれるが、そこから生まれたアイデアが製品企画につながることもある。AP-0も、ある1人の従業員の熱い思いから生まれた。

 「大好きなオーディオ、それもアナログレコードプレーヤーを作りたい!」「回転体であるアナログレコードプレーヤーであれば、“丸モノ”の精密加工が得意な自社技術の強みも存分に生かせる」。AP-0開発プロジェクトの発起人である、同社 技術開発事業部 事業部長の永松純氏だ。

 永松氏は、超伝導ワイヤーの開発などに携わる設計者であり、自社の開発チームをまとめるリーダー(事業部長)でもある。また、個人としては、ディープなオーディオファンで、自宅にはアナログレコードプレーヤーが何台もあり、アンプやスピーカーを趣味で自作するほどの愛好家だ。

 「自分が心から『欲しい!』と思えるアナログレコードプレーヤーをとことん作り上げたい」と考えた永松氏は、ある日の休日、何人かの有志メンバーを自宅に招き、その思いを伝え、放課後クラブ活動的にプロジェクトをスタートさせた。忙しい本業の合間を縫って、有志メンバーとともにひっそりと設計や試作を進めていったのだ。

 そんな様子を、社長の大坪氏は「途中から、彼(永松氏)らが何かコソコソとやっているなぁと勘付いてはいた(笑)。事業部長としての責務を果し、成果を挙げてくれたら、社内のリソースをどう活用してもらってもいいと考えているので、極端な話、最後の最後まで内緒のままでも仕方ないとも思っていた。だが、本気でやるとなると、コストもそれなりにかかってくるのでどうするつもりかなと見守っていた」という。

 そして、ある日、大坪氏が同社の新横浜オフィスの開発部に立ち寄った際、永松氏からAP-0の試作機を初めて見せられ、「これを本格的に開発したいので、正式なプロジェクトとして予算をつけてもらいたい」(永松氏)と持ち掛けられたそうだ。大坪氏は試作機を前に、永松氏のこのプロジェクトにかける思いを聞き、その場でOKを出したという。このとき「『この日本で、精密加工で、いいものを作る』『モノづくりの力で世界を幸せに』といった当社のミッションにマッチするプロダクトだと感じた」と大坪氏は振り返る。

 社長承認を得たことで、これまでの放課後クラブ活動としてではなく、正式な由紀精密の製品企画としての開発がスタートした。

 しかし、多忙な通常業務をこなしながらのプロジェクト進行は困難を極め、スケジュールに追われる日々だったという。その上、アナログレコードプレーヤーとしての機械特性にこだわり、同社の強みを最大限に生かすべく、ほとんどの部品を精密旋削加工で製作するということで、コストの問題が常に隣り合わせだった。プロとして厳しい目を持つ大坪氏からも「これでは売り物にならない」とダメ出しされ、何度も設計のやり直しが指示された。

 やるならとことんこだわり抜いて、うち(由紀精密)にしかできないものを作りたい――。

製作過程の様子1製作過程の様子2製作過程の様子3 製作過程の様子(1) ※出典:由紀精密 [クリックで拡大]
製作過程の様子4製作過程の様子5製作過程の様子6 製作過程の様子(2) ※出典:由紀精密 [クリックで拡大]

 同社初となるピュアオーディオ向けアナログレコードプレーヤー(AP-0)が完成したのは、永松氏の発案から約2年半後のことだ。

約2年半の歳月をかけて開発されたピュアオーディオ向けアナログレコードプレーヤー「AP-0」 約2年半の歳月をかけて開発されたピュアオーディオ向けアナログレコードプレーヤー「AP-0」 ※出典:由紀精密 [クリックで拡大]

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.