特集:IoTがもたらす製造業の革新〜進化する製品、サービス、工場のかたち〜

ArmはなぜIoT事業を切り離すのか、表と裏から読み解くArm最新動向報告(10)(2/2 ページ)

» 2020年07月16日 08時00分 公開
[大原雄介MONOist]
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表の理由:Pelionなどが対応すべきアーキテクチャはArmである必要がない

 今回の発表で興味深いのは、これがArmからソフトバンクへの提案だ、という点である。これを表と裏の両面から眺めてみたい。

 まず表から。PelionにしてもMbed OSにしてもKigenにしても、実は対応するアーキテクチャがArmである必要はあまりない。本当にPelionを広く普及させるためには、Arm以外にもx86に対応すべきだし、(インストールベースで言うなら)PowerPCやらMIPSやらのレガシーに加えて、新興の「RISC-V」なども取り込むことが望ましい。マイクロソフト(Microsoft)が「Azure IoT」の対象をWindowsマシンに限らない(というか、むしろWindowsマシン以外が主なターゲットになっている)のと同じである。

 これはMbed OSやKigenも同じことで、対象をArmに絞ったことが足かせになっている。Mbed OSであれば、「FreeRTOS」や「Azure RTOS」といった他のRTOSと競合していくためには、なるべく多数のプラットフォーム(Mbed OSであれば、それこそ「MegaAVR」とか「PIC18」なども今後は考慮した方がよさそうに思う)をサポートすることは最重要課題であり、こうなるとArm傘下にいることはむしろ不利になる。

 プレスリリースの冒頭の文章が“Today, Arm announced proposed strategic organizational changes to strengthen its focus on growth and profitability.(本日アームは、成長性と収益性を重視した強化を目的として、戦略的な組織変更案を発表した。)”だが、これを「ISGの」成長性と収益性と読むのであれば、Armの傘下からソフトバンク傘下に移籍するのは極めて理にかなった選択と思える。

 トレジャーデータに至っては、そもそもArmの傘下にいる必要がない(Armから見れば収益性の良いビジネスだが、トレジャーデータの側はそもそもArmとは無関係に立ち上がったビジネスであり、現在もコラボレーションが大きく成功しているという感じには見えない)わけで、ソフトバンク傘下でさらに投資を呼び込んでビジネスを大きくできるのであれば、その方が好ましいだろう。

裏の理由:ソフトバンクからの再売却で必ず問題になる低い利益率の改善

 では次に裏から眺めてみよう。ソフトバンクが直近で1兆4千億円もの赤字を出しているのは周知の事実であり、これもあって同社は現金化できる資産を売却するべくいろいろ画策している。Armも当然その対象ではあるのだが、あいにくと今のArmはかなりバランスシートが痛んでいる。

 図3は、2019年第4四半期のArmの「Roadshow Slides」からの抜粋であるが、ソフトバンクがArmを買収した2016年に約7億ポンドあった利益(Adjusted EBITDA)が、2019年には約2億ポンドまで減っているのが分かる。

図3 図3 今回の提案がそのまま通れば、2020年は売上高も多少減るだろうが、それ以上に経費が減り、かつ利益が大幅に増えると予測される(クリックで拡大)

 もちろん、これは上場企業ではないからできる技であり、利益を開発や買収(2018年にStreamとトレジャーデータを買収している)などに充てることで、長期的な成長が期待できる分野に重点投資を行った格好だ。これはこれで問題はなかったのだが、仮にArmが(再上場になるのか、別の会社に買収されるのかは置いておくとして)再び売却となった場合、この利益率の低さは必ず問題になる。

 今回の発表の文面が「Armから提案した」となっているのは象徴的だ。行間を無理やり読むとすれば、Armはソフトバンクから「再売却を念頭に、企業価値を短期間で高める(=利益率を大幅に引き上げる)」方法を提案することを求められたのだと思う。その回答が「ISGのほとんどをソフトバンクおよびその関連会社に移管することで、その売却益によって利益がかさ上げされ、ISGに掛かっていた経費のソフトバンクおよび関連会社への付け替えでコスト削減が可能になり、Arm本体の今後の利益率が向上する」という今回の提案につながったのではないかと思う。

 ソフトバンクによる買収を受けての上場廃止後、Armはライセンス/ロイヤリティー収入に関する詳細を公開しなくなっているが、それでもライセンシーの数は着々と増えており(図4)、IPビジネスに専念することでビジネス的には2015年までの勢いを維持できそうなめどは立っている。長期的に言えば、RISC-Vとの闘いとかいろいろ懸念事項はあるわけだが、ソフトバンクはそこまでの長期的な展望は求めていないだろう。

図4 図4 さすがに2009年までのライセンスの占める割合はかなり減ったが、それでも2014年までのライセンスでロイヤリティー収入の半分以上を占めるという健全さは相変わらずである(クリックで拡大)

 この提案が通れば、2020年9月にISGのほとんどがソフトバンク傘下に移行し、同年末にはもろもろの会計処理も終わっているだろう。そこから2021年にかけて、Armの動向がどうなるかがあらためて注目されることになるだろう。

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