特集
» 2020年10月12日 06時00分 公開

日本郵船の避航操船AIが学ぶ、「ベテラン船長の技」とは船も「CASE」(2/3 ページ)

[長浜和也,MONOist]

ベテラン船乗りの「感覚」を操船シミュレーターで定量化する

 複数の船が洋上で遭遇したとき、それぞれの船は衝突を避けるため、適切なタイミングで相手を回避する必要がある。これが「避航操船」だ。適切な避航操船ができれば、船は事故を起こさない。それ故に、自律運航船にとって、避航操船の確立は重要な技術要素の1つとなる。

 しかし、道路も車線も標識も信号もない洋上において、適切なタイミングと針路で、他の船に不安や恐怖を感じさせることなく避航操船をするには技量が必要だ。ベテランの船長と新人の航海士とで避航操船の内容は大きく異なるという。ならば、ベテラン船長の操船ノウハウを避航操船プログラムに反映すれば安全な自動運航船が実現する。では、ベテラン船長の操船ノウハウをデータ化するにはどうしたらいいか。

日本海洋科学にある操船シミュレーター。日本郵船では訓練用のシミュレーターとして活用している(クリックして拡大)

 安藤氏と桑原氏は、操船者の訓練で使う操船シミュレーターに着目した。日本海洋科学の川崎本社にある操船シミュレーターでは、実際の船舶と同様の舶用機器と、4K画質の360度スクリーンを設置して操船の訓練が実施できる。スクリーンには事前に用意したシミュレーションシナリオに沿って気象・海象が再現され、他船が航行する。シナリオではわざと衝突が発生しそうな状況を作り出し、自分の船に向かってくる他の船を操船術で避航することになる。

 このとき、「相手と衝突するリスクがあると認識した方位と距離」もしくは「接近しすぎて不安や恐怖を感じた距離」などをシミュレーター操船中に操船者に発してもらい、さらに終了後にヒアリングして、その結果を感覚値としてまとめた。これによって操船技術をデータ化するのだ。シミュレーターでは、船長自身が自分の訓練や操船方法の調査研究のために、自らシナリオを作成して最適な操船を検証することもできる。このときの感覚値も収集して蓄積していったという。

 「このように船乗り自身がかかわることで、開発は加速的に進みます」と安藤氏は語る。「船長や航海士が実際の操船でどのように考えているのかを開発者が推察して作成するより、船乗り自らが現場の経験を生かして作成したシナリオのほうが、はるかに的確なデータを収集できます」(安藤氏)。日本郵船グループの“ユニーク”なところは、このように、船乗り自身が開発に携わることだ。「こういう研究をしている、ドクター(博士号)持ちの船乗り(海技資格者)って、欧州にはあまりいません」(安藤氏)。

 これは、舶用システムの開発においても顕著で、操船経験のない技術者が考案した機能を船長や航海士に提案しても「けんもほろろ」(安藤氏)となることが多い。しかし、日本郵船グループでは、船長経験者自らが「操船に必要だからこういう機能が欲しいといってくる」(安藤氏)という。

 この蓄積した感覚値のデータを検証していくと、危険を認識する感覚値は、ベテランであればほぼ同じ傾向を示した。「新人は確認できる他船全てを危ないと認識してしまうが、ベテランは本当にリスクの高いものしか危ないと認識しません」(桑原氏)。

 そこで、危ないと認識するタイミングと危ないと感じた度合いを標準化することを重視した。相手も同じレベルで危ないと認識すれば衝突を避けられる可能性が高まるからだ。「一方が危ないと認識していても、もう一方が危ないと認識していないと、最適な協力動作が得られません。互いに危険に対し同じ認識を持つことで衝突回避の可能性は高まります。レーダーなどの航海機器にアラートを出し、さらには他船の未来予測位置(衝突の可能性のある回避すべき未来位置)を表示すると、新人でもベテランと同じように操船することがシミュレーターで確認できています」と桑原氏は説明する。

 このような避航操船プログラムの開発において、日本郵船グループ独自の取り組みとしては、交通流シミュレーションのために30年前に開発したプログラムが活用されているという。その出発点は、羽田空港拡張工事に伴う新規構造物の出現で、周辺海域を操業している小型漁船の動きや航行量がどのように変化するかを予測するためのエージェントシミュレーターだった。

 このシミュレーターではシステムが制御する小型漁船の航行を再現するため、衝突する可能性のある2隻の漁船がそれぞれに危険を察知して避航するプログラムを用意した。このプログラムは現在の開発に至る避航プログラムの萌芽といえるもので、自動運航船の避航プログラムの原型となっている。

 このようにして、ベテラン船乗りの操船ノウハウを反映した避航操船プログラム「最適航行プログラム」の実証実験が2019年9月に大型自動車専用船「IRIS LEADER」(総トン数7万826t)を用いて実施された。同社Webページでは、衝突の可能性がある他船に対する避航操船を動画で公開している。

日本郵船の自律航行の実証実験(クリックで再生)
日本郵船の有人自律運航船構成要素。操船、機関メンテナンス、通信セキュリティを技術要素として構成する(クリックして拡大)

 この実験において、「シミュレーターではできない自然特有の動き」への対処が課題として挙がった。海の上に浮かぶ船は、波の力を受けて動揺して不規則に向きを細かく変えるが、この挙動はシミュレーターでは再現しきれていない。そのため、避航プログラムは波による不規則な向きの変化を「他船が変針した」と認識して、それに合わせた避航操船をしてしまう。「移動平均をかける、フィルターをかけるなどの対策で安定させる必要があります」(安藤氏)。

 また、船の見合い関係には、一方が避航し(これを避航船という)、もう一方が針路を維持する(これを保持船という)ことが求められているが、現在の避航プログラムは他船を避けることを優先しているため、見合い関係が保持船の場合において、現実とは異なる操船をすることがあるという。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.