協業先からの思わぬ情報漏えいを防ぐ、秘密保持契約書の作り方と留意点弁護士が解説!知財戦略のイロハ(6)(1/2 ページ)

本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略構築を目指すモノづくり企業が学ぶべき知財戦略を、基礎から解説する。今回は、他社との取引時に自社の秘密情報を保護する上で重要なNDAを取り上げて、盛り込むべき条項や内容を解説する。

» 2020年10月02日 11時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

 連載第5回の前回は、比較広告やステルスマーケティングなど、プロモーション活動を遂行する上で不正競争防止法が関わる問題を中心に注意点を紹介しました。

 今回は、他社との取引やアライアンスを開始するにあたって注意すべき点を紹介します。新商品を開発し、各種プロモーション活動に取り組む段階まで来ると、他社と取引や各種アライアンスを行う場面が増えてくるでしょう。そうなると取引に伴う条件交渉や契約書締結が必要となります。

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自社から契約書を提示することの重要性

 他社と交渉を行う中で出てくる悩みとして、契約書を双方どちらが先に提示するかというものがあります。

 実際にどちらが先に契約書案を提案すべきかは、個別の事案によって異なります。ただ、こちらから先に契約書案を提案することには利点もあります。その契約書案をよりどころとして、交渉の最終結果に強い影響を与えられる可能性があるのです*1)

 そのため、普段からよく使用する契約書についてはひな型を作成しておくなど、こちらから契約書案を提案できるよう備えておくべきでしょう。また、特殊な取引に用いる契約書についても、必要な場合に速やかに作成できるよう、自社の事業の内容を十分に理解した法務、知財の知識を持つメンバーを、社内や社外に確保しておくと良いでしょう。

*1)このことをディーパック・マルホトラの『交渉の達人』(日本経済新聞出版社、2010年、28〜29頁)ではアンカー(anchor)と定義して、経験豊富で専門知識のある交渉者ですら、アンカーに影響を受けると指摘している。

NDA作成時の留意点

 ここからは契約書の記載条項を作成する際の留意点について、多くの企業が使用する秘密保持契約書(以下、NDA)を例に挙げて説明します。以下からは、経済産業省が公開中の、企業が他社との業務提携時に用いるNDAのひな型を参照します。

秘密保持契約書

___株式会社(以下「甲」という。)と___株式会社(以下「乙」という。)とは、___について検討するにあたり(以下「本取引」という。)、甲又は乙が相手方に開示する秘密情報の取扱いについて、以下のとおりの秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。

第1条(秘密情報)

本契約における「秘密情報」とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう。

ただし、開示を受けた当事者が書面によってその根拠を立証できる場合に限り、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。

 (1) 開示を受けたときに既に保有していた情報

 (2) 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報

 (3) 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した情報

 (4) 開示を受けたときに既に公知であった情報

 (5) 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

 第1条の秘密情報の特定は重要なポイントです。他社との取引を始める際、自社の重要情報を開示せざるを得ない場合もありますが、その情報の内容を相手方に秘密保持義務を負ってもらうことが不可欠です。秘密保持義務の対象となるのは第1条で定義する「秘密情報」ですので、「秘密情報」の定義には細心の注意を払う必要があります。後に訴訟に発展した場合に備えて、立証可能性も考慮した定義を採用すべきです。

 特に重要な秘密情報については、特許出願が可能な内容であれば、あらかじめ手続きを済ませておくことが一番望ましいでしょう。ただし、特許出願が難しい場合、技術のコンタミネーション(情報汚染、以下、コンタミ)を防止するために、別紙に秘密情報を添付し、定義するという選択肢も考えられます*2)。その他、コンタミ防止のため、タイムスタンプ*3)や公証制度*4)を活用し、NDA締結前に自社が対象となる秘密情報を保有していたことを証拠として残しておくことが望ましいでしょう。

*2)別紙で秘密情報を定義する場合、それが技術的事項にも関係する場合には、特許の出願書類を作成している弁理士に、どのような表現で定義すべきかを相談しても良いだろう。

*3)電子データに時刻情報を付与することで、その時刻にそのデータが存在し(日付証明)、またその時刻から、検証した時刻までの間にその電子情報が変更、改ざんされていないこと(非改ざん証明)を証明するための民間のサービス。日本データ通信協会が認定する時刻配信業務認定事業者が、同事業者が配信する時刻に基づいたタイムスタンプの発行サービスを行う。

*4)公証人が私署証書(個人または会社、その他の法人の署名や記名押印のある私文書)に確定日付を付与する他、これを認証、あるいは公正証書の作成を通じて法律関係や事実を明確化し、文書の証拠力を確保する。これは、法律的地位の安定や紛争の予防に寄与する。特に公証人が実験、すなわち五感の作用で直接体験した事実に基づいて作成する「事実実験公正証書」であれば(公証人法35条)、証拠力も高く、有効に活用する余地も大きいだろう。

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