エレベーターをメディア空間に、東大発スタートアップを悩ませた「通信問題」モノづくりスタートアップ開発物語(6)(2/2 ページ)

» 2020年12月14日 14時00分 公開
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エレベーター内の「通信問題」をどう解決するか

――タブレットの開発は順調に進みましたか。

大塚氏 いえ、うまくいきませんでした。エレベーターは分厚いコンクリートで覆われた空間内を乗客が乗る「カゴ」が昇降する構造になっていますが、そのカゴ自体もまた分厚い金属に囲まれています。そのため、カゴ内の通信状況は悪い。データの送受信がスムーズにいかず、動画のデータが壊れてしまうことが頻繁に起きました。

 そこで、通信方式に手を加えました。詳しくは言えませんが、独自のアルゴリズムを端末にプログラミングすることで、動画データの正確性を小刻みに、ゆっくりと確認しながら受信できるようにしました。これで何度か試行錯誤をするうちに、動画データを安定して再生できるようになりました。この結果を基に、2018年5月にリリースしたのが、当社最初のプロダクト「東京エレビ」です。

東京最初のプロダクトである「東京エレビ」*出典:東京[クリックして拡大]

――東京エレビは広まりましたか。

大塚氏 エレベーターへの設置には不動産会社との交渉が必要です。しかし、不動産業界はウェットな人間関係が重視されるクローズドな世界。私たち学生ベンチャーのような新参者では、当初はなかなか入り込めませんでした。ただ、私たちが創業期からお世話になっていたエンジェル投資家の中に不動産業界に詳しい方がいて、その方々に門戸を開いていただき、徐々に業界へのアプローチができるようになっていきました。

 その中で、エレベーター保守会社との事業提携も実現し、東京エレビの設置を手伝っていただけることになりました。2019年の9月には、不動産オーナーからのニーズに応える形でエレベーターホールに設置する「東京エレビGO」も製品化し、無料で提供を開始しました。

東京エレビGOの設置イメージ。壁面のディスプレイが東京エレビGOである。*出典:東京[クリックして拡大]

タブレットを捨ててプロジェクターにした理由

――しかし、現在は東京エレビ事業を運営していませんね。

大塚氏 はい。2020年2月に事業譲渡しました。

――苦労して作り上げた東京エレビの事業を譲渡した理由は何ですか。

大塚氏 中国では次世代型のサービスとして、プロジェクターを使うサービスが勃興していました。私たちも2019年春ごろから同様のサービスを立ち上げるべく研究を行い、開発を進めていました。

 ちょうどそのころ、投資家の方に三菱地所の新規事業を立ち上げる部署をご紹介いただくことがあり、その中で「プロジェクターを使って一緒に新サービスを始めないか」と提案いただく機会がありました。これをきっかけに、私たちと三菱地所の合弁会社としてspacemotionを2019年11月に設立し、最初のプロダクトとして「エレシネマ」をローンチしたのです。

 しかし、ここで利益相反の問題が浮上してきました。東京エレビもプロジェクターの事業も、同じエレベーターの中の空間で展開するサービスです。かたや自社事業、かたや合弁事業として同時に推進してしまうと、利益を食い合うことになってしまいます。

 事業自体は勢いよく成長している中、本当に泣いて馬謖(ばしょく)を切る心地だったのですが、東京エレビ事業は譲渡して、プロジェクター事業に専念することにしました。

――プロジェクターの開発はうまく進みましたか。

大塚氏 プロジェクターの開発自体は私たちもゼロからのスタートだったので、かなり大変でした。

 開発時には「あちらを立てればこちらが立たず」といったことがさまざまなシーンで起こります。ビジネス要件から逆算することで必要最小限の機能を見極め、絞り込むことで、なんとか実用にこぎつけました。

東京のオフィスにおけるMTGの様子*出典:東京[クリックして拡大]

――エレシネマや東京エレビGOの設置は順調ですか。

大塚氏 おかげさまで、首都圏のオフィスビルを中心に多数の設置申し込みをいただいています。設置数が増えることで、私たちのサービスを認知して、広告出稿をしてくれる企業も増えてきました。

立ち位置は「不動産業界に食い込むスタートアップ」

――今後の事業展開を教えてください。

大塚氏 「クローズドな不動産業界に食い込むスタートアップ」ということこそが、私たちの価値だと思っています。この資産を生かして、エリア拡大やマンションなどへも普及させていきたいです。

 私たちの事業は、建物に付加価値を与えて、入居者に建物への愛着を深められるようにすることが目的です。その過程で、今は動画コンテンツを充実させようとしています。オフィスビルで流す映像ですから、ビジネスパーソンにとって価値のあるコンテンツが必要です。現在は、Excelや英会話のワンポイント講座などといった動画を配信しています。このコンテンツは、YouTubeやTikTokでそうした番組を作っているクリエイターとコラボレーションしながら制作しています。

 私たちは、エレシネマも東京エレビGOも「メディア」だと捉えています。都心のオフィスワーカーをはじめとした視聴者と、物件をより良くしたいと考える方、それから自社のサービスを広めたい方の“メディア=媒(なかだち)”となるべく、プロダクトに対して情熱をもつ人材の知を結集して運営していきたいと思います。

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