ブラックホールを使えば那由他バイトの情報ストレージを実現できる!?イノベーションのレシピ(2/3 ページ)

» 2021年03月15日 08時00分 公開
[朴尚洙MONOist]

ブラックホールはなぜ大容量情報ストレージデバイスになり得るのか

 会見では、Black Hole Recorderの基になった論文を発表した横倉氏が、なぜブラックホールが大容量情報ストレージデバイスとして利用できる可能性があるのかについて解説した。

 まず、ブラックホールとは、星などの物質が重力収縮により可能な限り小さくなった物体のことである。横倉氏は「しかし、現時点ではブラックホールの内部のことは全く分かっていない」と説明する。

ブラックホールとは ブラックホールとは(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 これには2つの理由がある。1つは、内部に由来するシグナルを観測できていないためだ。2019年に撮影されたブラックホールの写真も、ブラックホールの周囲の情報を映し出しているだけにすぎない。もう1つは、世界を支配する2大法則である一般相対性理論と量子力学の両方に対して整合的な見方が分からないためだ。

ブラックホールの中身は分からない ブラックホールの中身は分からない(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 ここで一般相対性理論と量子力学という難しい基礎科学の話が出てくるわけだが、一般相対性理論は重力(時空の曲がり)を記述する理論、量子力学は原子や電子などのミクロな世界を記述する物理法則と捉えることで、以降の話が少し理解しやすくなる。

 一般相対性理論だけ考慮したブラックホールは、時間経過によって物質は中心の1点まで潰れる。その点が「特異点」であり、特異点を中心に光すら脱出できないほど重力が強い時空領域の境界は「事象の知平面(イベントホライズン)」と呼ばれている。この、量子力学を考慮しないブラックホールは「古典ブラックホール」という。

古典ブラックホール 古典ブラックホール(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 ブラックホールに量子力学の観点を導入したのがスティーブン・ホーキング氏である。量子力学における真空の揺らぎにより、ブラックホールの周囲の真空から光の粒子が生成することを提唱した。この「ホーキング輻射」によって、ブラックホールのエネルギーが徐々に減り、少しずつ“蒸発”して小さくなることを理論的に示した。

ホーキング輻射 ホーキング輻射(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 そして、古典ブラックホールにホーキング輻射を適用して、完全に蒸発してしまったときに起こるのが情報喪失問題である。古典ブラックホールでは、物質は事象の地平面内に入るため情報は出てこない。一方で、ホーキング輻射は真空に由来するのでエネルギーは持つが情報はゼロである。つまり、古典ブラックホールの素になるつぶれた物質の情報は消えるが、これは量子力学の原理である「情報は必ず保存する」に矛盾してしまう。つまり、一般相対性理論と量子力学が整合していないわけだ。

情報喪失問題 情報喪失問題(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 そこで、横倉氏を含めた世界中の研究者は、一般相対性理論と量子力学の両方と整合するブラックホールについての研究を進めている。横倉氏が2020年7月に発表した理論は、一般相対性理論と量子力学を最初から考える「量子ブラックホール」に基づいている。量子ブラックホールは、真空の量子揺らぎによって圧力が発生することで物質を支えており、表面と内部構造を持つ。古典ブラックホールのような事象の地平面と特異点は存在せず、ホーキング輻射によって最終的には蒸発する。そして量子ブラックホールの半径は古典ブラックホールの半径に近いため、外からは古典ブラックホールのように見えるので「現在までの観測とは矛盾しない」(横倉氏)。

量子ブラックホール 量子ブラックホール(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 量子ブラックホールが存在すれば、そこにはさまざまな可能性がある。宇宙の始まりの状態と量子ブラックホールの内部の状態はどちらも極限的状況であることから、量子ブラックホールの理論を応用して宇宙の始まりを研究できるかもしれない。

量子ブラックホールから宇宙の始まりが分かる 量子ブラックホールから宇宙の始まりが分かる(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

 そして、量子ブラックホールが内部に構造を持っており、外から入れた粒子の情報を保つとともに、その粒子の情報はホーキング輻射による蒸発とともに戻って来る可能性がある。「鉄の粒子を入れた場合、鉄の粒子としては返ってこないが、粒子の情報は出てくる」(横倉氏)。そして、この情報の戻り方が理解できれば、最大の情報を蓄えられる物質の極限状態である量子ブラックホールを情報ストレージデバイスとして「原理的に」利用できるかもしれない、という仮説を立てることができるわけだ。

量子ブラックホールは情報の保存が可能原理的には情報ストレージデバイスとして利用できるかもしれない 量子ブラックホールは情報の保存が可能であり(左)、原理的には情報ストレージデバイスとして利用できるかもしれない(右)(クリックで拡大) 出典:Useless Prototyping Studio

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