デジタルツインを実現するCAEの真価

フォークボールはなぜ落ちる? スパコンによる空力解析で謎を初めて解明CAE最前線(1/3 ページ)

野球のピッチャーの決め球、フォークボールはなぜ落ちるのか? これまでボールの回転数が少ないことで自然落下による放物線に近い軌道を描くとされていたが、東京工業大学 学術国際情報センター 教授の青木尊之氏を代表とする研究チームがスーパーコンピュータ「TSUBAME3.0」による数値流体シミュレーションを実施し、その謎を初めて解明した。

» 2021年03月25日 13時00分 公開
[八木沢篤MONOist]

「マグヌス効果」が働くのにフォークボールはなぜ落ちる?

 野球の試合においてピッチャーが投げるフォークボールは、バッターの手前でボールがストンと落ちて打ちづらいことから“決め球”として用いられる。

 通常、ピッチャーの手からリリースされたボールはバックスピンの回転がかかり、ボールの進行方向に対して上向きの垂直な力(揚力)が働く「マグヌス効果」によって浮き上がる軌道をとる。球速のあるフォーシーム(ボールが1回転する際に縫い目が4本見える回転)のストレートが伸びやかに浮き上がって感じるのは、マグヌス効果が大きく働くことで、通常の自然落下による放物線軌道よりもボールの落ち方が緩やかになるためだ。同様に、ツーシーム(ボールが1回転する際に縫い目が2本見える回転)のフォークボールもバックスピンの回転で進行方向に向かうため、マグヌス効果が生じて浮き上がる軌道になるはずだが、実際にはほとんど浮き上がらずに自然落下による放物線に近い軌道を描く。

回転する物体に働くマグヌス効果の模式図 ※出典:東京工業大学、九州大学、慶応義塾大学 回転する物体に働くマグヌス効果の模式図 ※出典:東京工業大学、九州大学、慶応義塾大学 [クリックで拡大]

 マグヌス効果が働くのに、なぜフォークボールは自然落下の放物線に近い軌道を描くのか。これまでその謎は解明されておらず、フォークボールのバックスピンの回転(ボールの回転数)がストレートよりも少ないため、マグヌス効果の働きが小さくなり、ボールが重力に引っ張られることで放物線に近い軌道(バッターの手前で落ちる軌道)が生まれると考えられてきた。

スパコン「TSUBAME3.0」を用いた数値流体シミュレーションを実施

 このフォークボールが落ちる理由を、スーパーコンピュータ(以下、スパコン)を用いた数値流体シミュレーションで初めて解き明かしたのが、東京工業大学 学術国際情報センター 教授の青木尊之氏を代表とする東京工業大学、九州大学、慶応義塾大学の共同研究チームだ。

 共同研究チームは「令和2年度HPCI(革新的ハイパフォーマンスコンピューティングインフラ)システム利用研究課題募集」で採択された「回転するハイスピード野球ボールの空力解析」において、同センターのスパコン「TSUBAME3.0」を用い、ボールの縫い目の回転まで詳細に計算する数値流体シミュレーションを実施。その結果、ボールの縫い目のある範囲の角度(※注1)において「負のマグヌス効果」が発生し、それが低速回転のツーシームのフォークボールを落下させる大きな要因となっていることを初めて解明した。また同時に、同じ球速と回転数のフォーシームでは負のマグヌス効果が生じないことも発見した(2021年3月23日発表)。

ツーシーム(フォーク)回転のボールの縦方向に働く力 ツーシーム(フォーク)回転のボールの縦方向に働く力 ※出典:東京工業大学、九州大学、慶応義塾大学 [クリックで拡大]

※注1:共同研究チームは、ツーシーム(フォーク)のボールについて、最初の基点となる縫い目の角度を−180度と定義し、−30〜90度の範囲で負のマグヌス効果が生じることを確認した。

 ボールの進行方向に対して下向きの垂直な力が働く負のマグヌス効果については、縫い目のない“滑らかな球”を用いた実測およびシミュレーションで、特定の条件がそろったときに発生することが既に確認されていたが、縫い目があり回転する野球ボールは数値計算の難易度が非常に高いことから、これまでシミュレーションが実施されておらず、負のマグヌス効果は生じないとされてきた。また、ハイスピードカメラによって、ボールの軌道や球速の変化を測定することはできていたが、縫い目のあるボールのどの部分にどのような空力を受けるかや、その時間変化までは知られていなかった。

回転する物体に働く負のマグヌス効果の模式図 回転する物体に働く負のマグヌス効果の模式図 ※出典:東京工業大学、九州大学、慶応義塾大学 [クリックで拡大]
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