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» 2021年03月30日 12時30分 公開

豊田喜一郎氏の言葉が息づく豊田中央研究所、目指す「2つのE」とはバーチャルTECHNO-FRONTIER(1/2 ページ)

オンライン展示会「バーチャルTECHNO-FRONTIER2021冬」(2021年2月2〜12日)のオンライン基調講演に豊田中央研究所 代表取締役所長の菊池昇氏が登壇。「発明とイノベーションのジレンマ〜日本の研究に足りぬ2つのE」をテーマに、同研究所の役割と、日本の研究者の課題などを紹介した。本稿ではその内容を紹介する。

[長町基,MONOist]

 オンライン展示会「バーチャルTECHNO-FRONTIER2021冬」(2021年2月2〜12日)のオンライン基調講演に豊田中央研究所 代表取締役所長の菊池昇氏が登壇。「発明とイノベーションのジレンマ〜日本の研究に足りぬ2つのE」をテーマに、豊田中央研究所の役割と、日本の研究者の課題などを紹介した。本稿ではその内容を紹介する。

トヨタの研究開発の歴史

 豊田中央研究所は愛知県長久手市にあるトヨタグループの中央研究所である。研究者の数は約800人で、設立は1960年。当時はトヨタ自動車(以下、トヨタ)の国内生産が立ち上がったばかりで年産は約20万台程度だったという。1980年頃には国内生産が頭打ちとなったが、その後トヨタは「環境のトヨタ」という新しい方向を打ち出しプリウスを発売するなど、グローバルでさまざまな取り組みを行い、販売実績は年間1000万台前後に達している。

photo オンラインで講演を行う豊田中央研究所 代表取締役所長の菊池昇氏

 豊田中央研究所は自動車産業黎明期に設立されたが、現在の自動車産業はCASE(コネクテッド、自動運転、サービス/シェアリング、電動化)というキーワードで示されるような技術的な変革期を迎えている。また、世界的にカーボンニュートラル社会への要求は高まっており「研究所としてもモデルチェンジを行う時期を迎えている」と菊池氏は述べる。

 「中央研究所」という概念は、2000年前後から「もう古い」という風潮が広がり、米国や日本でも閉鎖や再編が進み、大手企業では存続しているケースも少なくなってきている。こうした中で、豊田中央研究所が存続しているのは「豊田喜一郎氏の考えが、今でもトヨタグループ内に、息づいているためだ」と菊池氏は語る。

 豊田喜一郎氏はトヨタを設立する1年前の1936年に芝浦研究所を東京で立ち上げた。これは実際に使用する技術の開発と共に学術研究も重視していたためだ。研究内容も多岐にわたり、自動車だけでなく、電池、工作機械、飛行機、ロケットまで調査研究を進めていた。また、1939年には蓄電池研究所を設置し、蓄電池を取り巻く科学技術全体を研究するために、1940年には豊田理化学研究所を財団法人として発足させた。

 その設立の理念の1つとして、豊田喜一郎氏の父であり、トヨタグループの母体を作った豊田佐吉氏の「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」という言葉がある。さらに、豊田喜一郎氏がトヨタ設立の際に発した「自動車工業は最新学術の応用が伴う、最も文明の先端を行く可き工業であります」「一技術者の知識に非ずして各方面の智識力の集合によって成り立つ工業であります」という言葉についても、研究所としての思いとして、伝えられているという。

 しかし、豊田中央研究所は、サイエンスベースの研究を行っている場所だとグループ内で認識されており、少し縁遠いものだとグループ内では見られていた。例えば人工光合成や量子デバイス、レアアース、量子ドット光センサーなどの先端の基礎研究を行っており、基礎研究所としては評価されているものの「事業開発などを行っている研究者からは遠い存在と映っていた」と菊池氏は語っている。

エネルギーの缶詰、孫悟空の筋斗雲、触媒と酵素

 菊池氏は1980年米国のミシガン大学で研究者としてのキャリアを開始し、その後2015年まで経歴を積んだ。その期間中、1999年には客員研究員として豊田中央研究所に勤務し、2003年からは取締役を兼任している。菊池氏が1999年に初めて、豊田章一郎氏(トヨタ第6代社長、現名誉会長)と豊田達郎氏(トヨタ第7代社長)と出会った際に「研究所で研究してほしいものが3つある」として「エネルギーの缶詰」「自動運転」「触媒と酵素」を挙げられたという。

 「エネルギーの缶詰については、エネルギーを製造して貯蔵して持ち歩ける燃料電池、二次電池、合成燃料などを意図しており、まさに今活用が進んでいる領域だ。また、自動運転については当時は“孫悟空の筋斗雲的なもの”として説明された。トヨタグループでは自動織機をはじめ装置の自動制御などに取り組んでおり、この自動化を工作機械だけではなく自動車や飛行機、船舶にも広げたいという発想だった。さらに、触媒と酵素については、人と環境に適合した合成反応、人と環境のウェルビーイングをどう目指すかという意味で重要になる技術だとしていた」と菊池氏は当時を振り返る。

 振り返ると当時からサステナブルな交通社会の実現や、最大安全で最小環境負荷という考えがあり「これを実現するための研究所がある」と豊田中央研究所について両氏から説明されたという。つまり、豊田中央研究所は、自動車の次に手掛ける研究として新たなモビリティ社会や持続可能な世界の実現を目指すために設立されたものだったという。

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