連載
» 2021年06月24日 10時00分 公開

デライトデザインの先行事例としての“音のデザイン”デライトデザイン入門(4)(1/3 ページ)

「デライトデザイン」について解説する連載。連載第4回では、デライトデザインの先駆的な事例といえる“音のデザイン”を取り上げる。音のデザインが生まれた背景や音の性質、音質指標などについて紹介するとともに、具体的な実施アプローチとして、クリーナー(掃除機)への適用例を詳しく説明する。

[大富浩一、山崎美稀、福江高志、井上全人/日本機械学会 設計研究会,MONOist]

 今回は「デライトデザイン」の事例として“音のデザイン”を紹介する。正確には、製品音のデザイン(Designing for Product Sound Quality)であるが、ここでは単に“音のデザイン”と呼ぶことにする。音のデザインは、デライトデザインの先駆的な事例であり、従来の「騒音」という音の負の概念を「音質」という価値へと変換する試みである。

 最初に、音のデザインが生まれた背景について説明し、続いて音の性質、音質指標なるものを紹介する。これらを受けて、音のデザインの実施方法を家電製品への適用例を通して説明するとともに、音のデザインの課題についても触れる。最後に、音質指標に相当する指標の考え方をデライトデザインへ拡張する方法について提案する。

音のデザインの背景

 例えば、家電製品などの性能向上は、顧客にとってはありがたいことだが、それに伴いモータやファンの回転数が上がってしまうと、騒音レベル(騒音レベルの定義については後述する)も上昇してしまう。

 つまり、性能向上に伴う騒音レベルの上昇をいかに抑えるかが、家電製品開発における重要課題の1つであるといえる。このプロセスを一般に「低騒音化」、このための技術を「低騒音化技術」という。低騒音化技術のおかげで図1に示すように、性能の飛躍的な向上にもかかわらず、騒音レベルはある一定レベル以下に抑えられているのだ。

製品性能と騒音レベルの変遷 図1 製品性能と騒音レベルの変遷 [クリックで拡大]

 一方、音の価値という視点で考えると、騒音(Noise)は“負の価値”であり、低騒音化自体が価値を生むわけではない。図2に音の価値とコストの関係を示す。

音の価値とコストの関係 図2 音の価値とコストの関係 [クリックで拡大]

 低騒音化は騒音という負の価値を減少させるが、それが価値とはならず、その対策にはコストがかかる。一方で、音が価値となる場合があるのも事実である。医用機器の一種であるMRI(磁気共鳴映像法:Magnetic Resonance Imaging)は耳栓を必要とするほどの音を発生する。そこで、コストは増えるが内部を真空にして音の外部への伝搬を最小限に抑えることで、騒音レベルで30dBA(この表記法については後述)以上の低騒音化を実現し、低騒音化だけでなく、耳栓が不要になるという付加価値を生んだ(参考文献[1])。これは図2でいう(1)に相当する。

 また、洗濯機の開発で、駆動モータの極数を増やすことで音の脈動を低減し、さらに製造性を工夫することにより、低コストで音質向上を図った事例が図2(2)に当たる(参考文献[2])。その結果、夜帰宅後の洗濯が可能になったという価値を生んだ。このように低騒音化の延長ではあるが、価値が期待できる場合には、多少のコスト増は容認される。

 一方、騒音制御技術の1つであるANC(Active Noise Control)技術は、イヤフォンのような音響機器に適用され、商品化されているが、家電製品への適用事例は少ない。これは価値とコストの関係が図2(3)の位置にあり、製品として成立しないためと考えられる。

 図2では、音による価値向上が音に関するコスト増を上回る領域を“製品として成立する領域”とした。製品音(機械音)の音質の経済性評価(参考文献[3])によると、クリーナー(掃除機)の場合、16dBAの低騒音化の価値が3026円に、ドライヤーでは14dBAで469円とある。単なる低騒音化ではなく、音質改善につながる場合に価値を生むようである。そこで、音のデザインでは図2に示すように、コストを掛けないで音による音質向上を目指すことにより、音の価値を広く製品開発に普及させることを目的とする。

参考文献:

[1]MRIの静音化
[2]ランドリーのDDモータ/インバータ化
[3]高田正幸、山野秀源、岩宮眞一郎、日本機械学会論文集 C編 2005年 71巻 707号 p.2155-2162


音のデザインの考え方

 音のデザインの考え方について、連載第2回で紹介した“3つのデザイン”に対比させて説明する。図3に3つのデザインを音に適用した例を示す。“異音がしない”がマストデザイン、“騒音レベルが小さい”がベターデザイン、“音が心地よい”がデライトデザインに対応する。

音の3つの段階 図3 音の3つの段階 [クリックで拡大]

 “騒音レベルが小さい”の場合でも、その低減度合いが大きく、新たな使用価値を生む可能性があれば、既に述べたようにデライトデザインの領域に入ることもある。また“騒音レベルが小さい”ことは、現状ではマストデザインになっていると考えることもできる。ここでは、音のデザインとはデライトデザインの1つで、“音が心地よい”状況を作り出すためのデザイン手法と考えることができる。もしくは、音をNoise(騒音)という悪者からSoundという価値へ昇華させるプロセスと言い換えられる。

 それでは、音のデザインという考え方は今までになかったのであろうか。実は、Richard H.Lyon氏の著書「Designing for Product Sound Quality」(参考文献[4])に音のデザインの考え方、そのための技術が書かれている。その中で、Lyon氏は騒音対策(騒音制御)と音のデザイン(音質向上)を表1のように対比させて説明している。

騒音対策と音のデザイン[4] 表1 騒音対策と音のデザイン(参考文献[4]) [クリックで拡大]

 騒音対策については既存技術で対応できるが、製品設計終了後に対策を講じるため、コスト増になるだけでなく、熱設計などへ悪影響を与える可能性がある。一方、音のデザインについては、その考え方は理解できるものの、実際に行った例はほとんどない。だが、うまく実現できればコストとは無関係に製品価値を高められると考えられる。要するに、音のデザインは音の価値向上を、製品設計サイクルに包含し、高い相乗効果を発揮することが期待できるが、実現するのは(本が書かれた2000年当時は)容易ではないということである。

参考文献:

[4]Richard H.Lyon、Designing for Product Sound Quality、Marcel Dekker、2000年


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