デジタルツインを実現するCAEの真価

アシックスが挑むシューズ設計の効率化、パラメトリック最適化プロセスの適用事例SIMULIA Community Virtual Conference Japan 2021(1/2 ページ)

アシックス スポーツ工学研究所は、ダッソー・システムズ主催の年次コミュニティーカンファレンス「SIMULIA Community Virtual Conference Japan 2021」のユーザー事例講演に登壇し、「Isightとアルゴリズミックデザインを用いたランニングシューズの構造設計効率化」をテーマに、独自のパラメトリック最適化プロセスによるシューズ設計の効率化に向けた取り組みを紹介した。

» 2021年07月12日 10時00分 公開
[加藤まどみMONOist]

 ランニングシューズの機能性をシミュレーションする際には、大変形や材料および境界の非線形性を考慮しなければならない。そのため、計算に非常に時間がかかるのが課題であった。そこでアシックスでは、アルゴリズミックデザインと近似モデルを組み合わせたパラメトリック最適化のプロセスを構築し、シューズの設計の効率化に取り組んだ。

 本稿では、2021年6月15日〜7月9日にオンライン開催された「SIMULIA Community Virtual Conference Japan 2021」(主催:ダッソー・システムズ)の事例講演に登壇した、アシックス スポーツ工学研究所 Future Creation部 デザインテクノロジー研究チーム 主任研究員の小塚祐也氏の講演「Isightとアルゴリズミックデザインを用いたランニングシューズの構造設計効率化」の内容を紹介する。

材料配合から着用試験まで

 アシックスでは競技用シューズや日常用シューズ、スポーツウェアの他、野球用のグローブやバットなど、さまざまなスポーツ用品を製造、販売している。1990年に設立された同社のスポーツ工学研究所は、「Human Centric Science」をコンセプトに研究開発を行っている。これは人体応答に基づいたモノづくりということであり、例えば、シューズを着用した人の動きがどう変化するのかを3次元モーションキャプチャで定量的に評価し、人が最大限の力を発揮できるような材料や構造の研究開発に取り組む。また、シューズを作る職人も在籍しており、「材料の配合から考えて、それをすぐシューズにしてテストできるところがアシックスの強みだ」(小塚氏)という。

 ランニングシューズを設計する際にベースとなるのが、同社の定義する「8大機能」(図1)だ。衝撃を和らげるためのクッション性、足に合わせて曲がるかを表す屈曲性、地面に着地した時のぐらつきを抑制できるかを表す安定性などがある。

スポーツシューズに求められる機能性の例 図1 スポーツシューズに求められる機能性の例 ※出典:アシックス スポーツ工学研究所 [クリックで拡大]

 これらの機能を考慮しながら設計するためには、実際の走り方を含めたシミュレーションが必要になる。特に、シューズのシミュレーションにおいて特徴的なのが、靴底の材料である。靴底には地面からの衝撃を緩和するためにスポンジ、つまり独立気泡型の発泡樹脂が用いられる。圧縮負荷下において非線形性の強い挙動を示し、弾性率が1MPaを切るような非常に柔らかい材料だ。また、実際に走っている足の挙動をモデル化する際は、靴底と地面との接触状態が常に変化することを考慮する必要がある。こういった特徴のために、シミュレーションにおいては有限要素のつぶれや収束性の悪化、解析時間がかかるといった課題がある。そこで同社は、独自の目的関数、さらに独自のシミュレーションモデルを使った最適化を行うことにした。

トポロジー最適化や形状最適化の適用は困難

 最適化には大きくトポロジー最適化、形状最適化、寸法最適化の3種類がある。トポロジーおよび形状最適化は、形状表現の自由度が高いことがメリットだが、シューズ独自の目的関数が商用ソフトウェアに組み込まれていないことが多い。自身で組み込もうとしても設計変数が非常に多いこともあり、感度の定式化が必要になる。定式化ができたとしても非線形性の強い解析が多いことから、感度が適切に求まらない可能性が非常に高いという。

 一方、寸法最適化は、高さや幅など少ない設計変数で形状を表現でき、また感度を必要としない最適化手法が提案されているという。ただし、パラメータの中での最適化はできるが、形状の自由度が低くなることがデメリットになる。

 そこで、同社では独自の目的関数に対して適用できる最適化プロセスを構築し、設計の効率化に取り組んだ。具体的には、目的関数を定式化せず、また計算時間を短縮するために、代理モデルを用いたパラメトリック最適化を行った。また、寸法最適化の自由度の低さを克服するため、「アルゴリズミックデザイン」と呼ばれる形状表現を導入した。

代理モデルを用いて解析時間を短縮

 最適化のフローは、設計変数を決定し、その設計変数に対して目的関数の評価を行う。続いて、それが最適解かどうかを判定し、不十分な場合は設計変数を更新して目的関数を評価するという流れを繰り返す。「この目的関数の具体的な形が分かっているということは非常に少なく、ブラックボックス関数であることが多い。つまり、シミュレーションを行わなければ結果が分からない」(小塚氏)。そのため、シミュレーションに時間がかかるのであれば、最適化にかかる時間も膨大になってしまう。そこでアシックスでは、シミュレーションの代わりとなる代理モデルを用いることによって目的関数を近似的に求め、目的関数の評価にかかる時間の削減に取り組んだ(図2)。

代理モデルを用いて解析時間を短縮する 図2 代理モデルを用いて解析時間を短縮する ※出典:アシックス スポーツ工学研究所 [クリックで拡大]

 代理モデルを作るに当たっては、学習データを用いて回帰モデルを構築することが必要になる。まず、設計変数に対して目的関数を評価したプロットをいくつか準備し、ダッソー・システムズのプロセス統合/設計最適化ツール「Isight」の代理モデル機能を使ってフィッティングを行った。フィッティングのためのパラメータは基本的にはIsightで自動的に求められるため、ユーザーは学習データを準備するだけで代理モデルを構築できる。

 ただし「この学習データの準備のハードルが非常に高かった」(小塚氏)という。過去のシューズ設計においては1つのCADモデルの作成に数日かかっていた。そのため、解析モデルを100通り用意しようとすれば、それだけで数百日かかってしまう。そこで同社は、学習データを自動で生成する仕組みを開発した(図3)。

学習データの自動生成システムの構築 図3 学習データの自動生成システムの構築 ※出典:アシックス スポーツ工学研究所 [クリックで拡大]

 まず、学習データとして用いるパラメータを実験計画法に基づきランダムに生成し、各パラメータに対して自動で3次元モデルおよびシミュレーションモデルの構築、およびシミュレーションまでを行うプロセスを開発した。パラメータに対してアルゴリズミックデザインを適用し、リアルタイムに3次元構造を生成し、有限要素解析のメッシュ作成および境界条件の設定を行った。シミュレーションについては、ダッソー・システムズの有限要素解析ツール「Abaqus」を用いて、Isightでこれらのループを回した。

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