COVID-19は日本のモノづくりに何をもたらしたのか、マクロ指標から読み解くものづくり白書2021を読み解く(1)(1/5 ページ)

日本のモノづくりの現状を示す「2021年版ものづくり白書」が2021年5月に公開された。本連載では3回にわたって「2021年版ものづくり白書」の内容を掘り下げる。第1回ではCOVID-19の影響を色濃く受けた日本のモノづくりの現状についてまとめる。

» 2021年07月26日 14時30分 公開
[長島清香MONOist]

 日本政府は2021年5月に「令和2年度ものづくり基盤技術の振興施策」(以下、2021年版ものづくり白書)を公開した。ものづくり白書とは「ものづくり基盤技術振興基本法(平成11年法律第2号)第8条」に基づき、政府がものづくり基盤技術の振興に向けて講じた施策に関する報告書だ。経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省が共同で作成しており、2021年で21回目の策定となる。

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ものづくり白書2020で提起された4つの戦略

 2021年版ものづくり白書の解説に入る前に、まずは2020年に公開された節目となる第20回の2020年版ものづくり白書で指摘された4つの戦略について触れておきたい。2020年版ものづくり白書は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大が進行している最中に策定された。2020年版ものづくり白書においてCOVID-19の影響は、需要と供給の両面に強く表れることが懸念され、その経済的被害は2008年のリーマンショック時を上回ると指摘された。この急激な環境の変化により、過去のものづくり白書で示唆されてきた日本の製造業の課題や今後の戦略が当てはまらなくなる事態も発生した。

 このような背景もあり、2020年版ものづくり白書では「不確実性の時代における製造業の企業変革力」を主題に据えていた。安全保障に関する国際的動向、地政学的リスクの高まり、気候変動や自然災害、非連続な技術革新、COVID-19の感染拡大などの「不確実性」を日本の製造業が直面する大きな課題と位置付け、不確実性の時代において製造事業者が取るべき戦略として、以下の4つを提起した。

  1. 企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)強化の必要
     環境や状況が予測困難なほど激しく変化する中で、企業にとってはその急激な変化に対応するために自己を変革していく能力「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」の強化こそが最も重要な課題である。
  2. 企業変革力を強化するDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の必要
     IoTやAIといったデジタル技術は、これまでも生産性の向上や安定稼働、品質の確保などさまざまな恩恵を製造業に与えてきたが、このような技術はダイナミック・ケイパビリティを強化する上でも強力なツールである。
  3. 設計力強化の必要
     環境や状況の急激な変化に迅速に対応する上では、製品の設計・開発のリードタイムを可能な限り短縮することが求められる。製品の品質・コストの大半は設計段階で決まり、工程が進むに従って仕様変更の柔軟性は低下することから、迅速かつ柔軟な対応を可能にするダイナミック・ケイパビリティの強化のためには、設計力強化こそが重要である。
  4. 人材強化の必要
     日本の製造業のデジタル化に必要な人材の能力として、システム思考と数理の能力が求められることを示した。また、製造事業者による人材確保と育成の方策や、人材を育む教育の取組の方向性についても紹介している。

「製造業のニューノーマル」に必要な3つの観点

 2021年版ものづくり白書においても、デジタル技術はダイナミック・ケイパビリティを強化、促進、実現するために不可欠であり、「ウィズ・コロナ」「ポスト・コロナ」において非常に重要なツールだと位置付けられている。この点を踏まえ、2021年版ものづくり白書では「製造業のニューノーマル」は「レジリエンス」「グリーン」「デジタル」を主軸に展開すると指摘し、これらの観点から日本の製造事業者の生き残リ戦略に資する動向分析を行っている。

レジリエンス(サプライチェーンの強靭化)

 「レジリエンス(Resilience)」は、「弾力」や「回復力」を意味する英語であり、もともとは物理学の世界で使われていた。2021年版ものづくり白書は、COVID-19拡大の影響により、地域を問わず自社の製造、調達拠点などサプライチェーンに同時多発的に被害や影響が発生し得ることが明らかになったことを指摘。自社のサプライチェーンのリスクを精緻に把握することなどにより、海外市場におけるビジネスが阻害されることのないよう万全の備えをしておくことが重要だと述べている。

グリーン(カーボンニュートラルへの対応)

 日本を含めた各国政府は将来的なカーボンニュートラルの実現を表明しており、それに向けた取り組みがさまざまな領域で進みつつある。このような背景を踏まえて、日本の製造業が将来にわたり着実なビジネスの継続を図るためには、各国政府やグローバルメーカーなどが示したカーボンニュートラル実現に向けた取組や考え方を適切に理解し対応していく必要があるとしている。

デジタル(デジタルトランスフォーメーション)

 ダイナミック・ケイパビリティの強化にDXが有効なツールであることは2020年版ものづくり白書から論じられている。しかし現状は、製造業に限らず多くの企業においてDXは道半ばである。今後、製造現場における5Gなどの無線通信技術の本格活用はダイナミック・ケイパビリティ強化のカギであり、その進展はレジリエンス強化に重要な役割を果たすと指摘している。

 本連載では3回にわたって2021年版ものづくり白書の内容を読み解くが、第1回ではまず、2021年版ものづくり白書の「第1章 日本のものづくり産業が直面する課題と展望」を中心に、COVID-19拡大の影響がどのように日本の製造業に及んでいるかを確認し、その内容を踏まえつつ第2回以降で「製造業のニューノーマル」として掲げられた「レジリエンス」「グリーン」「デジタル」についてより深く掘り下げていきたい。

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