サステナブルなモノづくりの実現

3Dプリンタだから実現できた東京五輪表彰台プロジェクトとその先【前編】未来につなげるモノづくり(3/4 ページ)

» 2021年07月27日 10時00分 公開
[八木沢篤MONOist]

極限まで突き詰めたデザインとツールパス

 そして、材料の改質とともに並行して進められていたのが、野老氏がイメージする表彰台デザインを発展させて3Dプリント可能な形状を導き出すことと、そのデザイン形状を高精度に短時間で造形するためのツールパスの作成である。

 まず、表彰台のデザインについては、東京2020大会エンブレムのコンセプトである組市松紋をベースに、3次元立体レリーフ形状のデザインを導き出した。この3Dプリント可能な立体形状のデザインと調色設計などとともに、プロジェクト全体のディレクションを担当したのが田中浩也研究室の卒業生でもある平本知樹氏だ。ちなみに、同デザインが施されたパネルの1枚当たりのサイズは約20×20cmで、表彰台の側面に並べて配置する。パネルに配した幾何学模様のパターンが一続きにつなげられるため、団体競技用やコロナ禍で急きょ考案されたソーシャルディスタンス表彰台としての運用にも柔軟に対応できるという。

研究紹介映像〜大会エンブレムから 3 次元立体レリーフ形状のデザイン導出過程〜 ※出典:慶應義塾大学

 当初のコンセプト段階では、キューブ状(正六面体)のパーツを3Dプリントし、それらを複数用いて表彰台を組み上げるイメージだったが、造形に時間がかかる点と、重量に関するレギュレーションに反してしまう点が課題として浮上し、表彰台側面のパネル部分のみを3Dプリンタで量産するという方向性となった。

 パネル自体は、全98台の表彰台を製作する上で7000枚必要となるため、1枚1枚の造形時間をいかに短くし、かつ仕上げ処理なしで高品質、高精度に造形できるかが求められる。造形時間の目標は1パネル当たり1時間以内。野老氏と平本氏のコラボレーションによって導かれた3次元立体レリーフ形状の点と線の精度をきっちりと出しながらも、1パネル1時間以内で造形できるツールパスを作成する必要がある。この難しいツールパスの作成を主に担当したのが、慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 修士1年の江口壮哉氏だ。

 基本的に、材料押し出し方式の3Dプリンタによる造形は、きれいに角を出すことが苦手であり、どうしても角に丸みが生じてしまう傾向にある。ツールパスの検討においては、決定した表彰台のパネルデザインを精度良く、仕上げ不要できれいに出力する必要があるため、何度も検討を重ね、やり直したという。この調整には田中氏自身も加わり、Gコードに手を加えるなどし、造形時の安定化を図ると同時に、積層する一層一層が極力一筆の最短経路となるツールパスを作り出した。また、意匠面をより美しく、ラインをよりきれいに出すために、表からは見えないパネルの内部構造のツールパスも調整と工夫を繰り返し、極限まで精度と造形時間のバランスを突き詰めていったという。

極限まで精度と造形時間のバランスを突き詰めたツールパス 極限まで精度と造形時間のバランスを突き詰めたツールパス ※出典:慶應義塾大学 [クリックで拡大]

 このときの思いとして田中氏は「今回のプロジェクトは、1つのものをきれいに出力するといった3Dプリンタの活用とは根本的に異なり、ここで作った1つのデータから7000枚ものパネルが量産されるため、決して後悔があってはならないものだった。当然、ノズル径を小さくして、ゆっくりと出力すればきれいなものが作れるわけだが、それでは時間がかかり過ぎて量産が間に合わない。1枚1時間以内という時間的制約の中で、どこまで品質を高められるか、そこを両立できるポイントを見極めるためにさまざまな試行錯誤があった」と語る。

パネル(1)パネル(2)パネル(3) パネルデザインの変遷の一例(表面)。右端が最終的なデザイン [クリックで拡大]
パネル(4)パネル(5)パネル(6) パネルデザインの変遷の一例(裏面)。右端が最終的なデザイン [クリックで拡大]

 材料も未知、形状も製造方法も確定していない状況からスタートした東京2020大会表彰台プロジェクト。こうしたさまざまな苦労のかいもあって、野老氏のGOサインを得ることができ、翌年に評価試験を控える年内ぎりぎりの大みそか(2019年12月31日)に内部的な承認を獲得。そして、2020年1月に行われた評価試験の本番でも、光が当たった際の見え方のチェックや耐久性、重量など非常に細かないくつものチェック項目を全てパスし、見事に最終承認を得ることができた。

 「本来であれば、それぞれじっくりと腰を据えて取り組むべき検証・研究内容ばかりだったが、これらを同時並行で進められたことが今回のプロジェクトの大きな成果であり、3Dプリンタだからできたことだ」(田中氏)

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