1cmの狂いもなく部屋を散らかす!? WRS2020の舞台裏では何が起きていたのかWorld Robot Summit 2020レポート(2/2 ページ)

» 2021年09月28日 11時00分 公開
[太田智美MONOist]
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採点するのは審査委員だけじゃない!?

 もう1つ、どうしてもお伝えしておきたいことがある。それは、妥協のない公平なジャッジをするための方法と考え方だ。

 入念な準備を経て競技が無事に開始されると、1人の審査委員は採点表に記入を、もう1人の審査委員はスマートフォンでHSRの動きを動画で記録する。既にこの時点で、ジャッジをするのは当然のことながら審査委員だと思うだろう。しかし、この大会は違った。競技大会の最終的なジャッジをするのは、競技者をも含めた全員なのである。どういうことか。

 競技が終わると、各アリーナに2人ずつ付いた審査委員と審査委員長、そして競技チームのリーダーが集まり獲得点数の確認を行う。審査委員が付けた採点表を競技チームに見せ、1つ1つのタスクについてどうだったか、点数は正しいのかを確認する。「これはこうだったから、この点数ですよね。大丈夫ですか?」という確認を、全てのタスクについて行うのだ。そこで問題があれば、先ほど記録していた動画をその場で確認し判定を行う。もちろん判定するのは審査委員ではない。そこにいる「全員」だ。

 自らの競技がどうであったのか、どうであればフェアなのかをそれぞれが考え、その集合がフェアな試合を生み出し、納得のできる結果をもたらす。納得できないことがあれば、納得できるまで審査委員と競技参加者はとことん話し合う。全ての得点に対して納得してもらうことを第一に考える。こんな考え方、やり方に初めて出会ったかもしれない。誰も妥協しないというか、妥協する必要のない、見事な競技大会を見た気がした。

 そんな真剣な時間は試合後も続く。大会期間が4日ある中、各日の終わりにはチームリーダーミーティングを行う。ここで、予期しなかったことや細かい事例に対するルールを改めて確認し合うのだ。ここでも競技者からはいろいろな意見が出る。

 大会初日、大きな問題が起きた。ボールのような、転がってしまう丸いもののストッパーとして、床にシールを貼っていた。シールは床の色に近い色で、なるべくHSRがオブジェクトだと誤認識しないよう配慮されていたが、競技チームによってはオブジェクト認識が精密で、そのシールをオブジェクトだと認識してしまい、タイムロスしてしまうチームもあった。

赤丸の中にあるのが最終的に使用した透明ガイド(左)、最初の時点で使用していたガイド(中央)、カーペットを切り取って作成したガイド(右) 赤丸の中にあるのが最終的に使用した透明ガイド(左)、最初の時点で使用していたガイド(中央)、カーペットを切り取って作成したガイド(右)[クリックで拡大]

 これに対し、あるチームが「このようなストッパーが付くことはルールブックに書かれていなかった」と主張した。確かにそうだ。審査委員も、ストッパーをなるべく目立たない色にしたり、オブジェクトに付けることを考えたりと、試行錯誤した結果としてこのストッパーを採用している。しかし、納得できない競技者。

 この状況を何とかしようと、競技空間を設計する花工芸社は床の一部を切り取ってそれをストッパーにしようと試みたが、今度は厚みがロボットに反応してしまいうまくいかない。次の日「透明なガイドを見つけた」と、花工芸社が透明フィルムを差し出した。が、これでロボットの動きを確かめてはいないため、ガイドに光が反射してロボットが動かなくなってしまうなどの事態も想定できる。各参加チームは「何とかストッパーをなくせないか」と交渉するが、このストッパーをなくしてしまっては、球は少しの風でも転がってしまう可能性があった。結果的に、その透明ストッパーを数枚事前に各チームに配ることを条件とし、その日の夜のうちに調整できる体制を整えた。こうして、ストッパー誤認識問題は収まった。

 競技ルールは事前に決まっている。しかし、競技者と審査委員、会場設置者が互いの意見に耳を傾け、ルールや条件を日々アップデートしていった。競技会でこのようにフレキシブルに動くのはあまり見たことがなく、その過程がとても印象的だった。

 パートナーロボットチャレンジについては、このような進行の下で競技が行われ、4日間の日程は幕を閉じた。華やかなイメージが先行するWRSだが、その舞台裏にはロボット競技会にとどまらない、参考にできそうな考え方やTipsが詰まっていた。

パートナーロボットチャレンジの競技者、審査委員、会場設置者で記念撮影 パートナーロボットチャレンジの競技者、審査委員、会場設置者で記念撮影[クリックで拡大] 写真提供:西嶋頼親さん

筆者プロフィール

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太田 智美(おおた ともみ)

国立音楽大学卒業(音楽教育学科音楽教育専攻、音楽学研究コース修了)。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士課程修了(研究科委員長表彰受賞)。アイティメディア(営業、技術者コミュニティー支援、記者)、メルカリ(研究開発組織「R4D」でヒトとロボットの共生の研究に従事)を経て、現在は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科附属メディアデザイン研究所リサーチャー。同研究科後期博士課程在学中。大阪音楽大学ミュージックビジネス専攻立ち上げに従事、2022年4月同専任教員(助教)着任予定。


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