インタビュー
» 2021年10月06日 09時00分 公開

超複雑な歯ブラシ開発をAIで効率化、ライオンの進化を加速する「DX推進部」製造マネジメント インタビュー(1/2 ページ)

私たちが普段何げなく使う歯ブラシやハミガキなどのオーラルケア製品。これらの製品開発には膨大な時間と試行錯誤を要する。こうした現状を変えようと、AIやデータ分析を用いて変革に向けたDXを推進するのがライオンだ。担当者にDXの取り組みの詳細を聞いた。

[池谷翼,MONOist]

 近年、設計、開発プロセスにAI(人工知能)などのデジタルテクノロジーを導入することで、効率化や省人化を図ろうとする動きが国内メーカーでも広く見られるようになってきた。

 歯ブラシやハミガキなどのオーラルケア製品をはじめ、さまざまな日用品を展開するライオンもそうした企業の1つである。同社では「DX推進部」が中心となって、歯ブラシやハミガキの設計開発プロセスへのAI適用など、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関する取り組みを全社横断的に進めている。

 具体的に、AIを設計開発にどのように生かしているのか。また、どのようにDXの取り組みを進めているのか。ライオン DX推進部 部長の黒川博史氏に話を聞いた。

データサイエンティストや業務の“翻訳家”が在籍

MONOist はじめに、DX推進部がどのような役割を担う部署なのか教えてください。

黒川博史氏(以下、黒川氏) DX推進部では「デジタルテクノロジーを活用して、ライオングループ全体の事業変革を先導する」というミッションの下で、組織や人材、考え方の変化につながるDXを実施している。

ライオンの黒川博史氏 出所:ライオン

 取り組みの方向性としては、これまで当社が蓄積してきたデータ資産などを基に新規事業を開発する「攻めのDX」と、業務効率化や生産性向上を目指す「守りのDX」の2つがある。これらを両輪で回すことで、2021年2月に当社が策定した中長期経営戦略フレーム「Vision 2030」でも触れている、「より良い習慣づくり」の実現を目指していく。例えば、攻めのDXにおいては、当社が蓄積してきたオーラルヘルスケアのデータベースを使うことで、消費者に合わせてパーソナライズされたヘルスケアサービスが提供可能になると考えている。

 DX推進部は経営層にとても近い部署で、企業として優先的に取り組むべき課題を議論する機会も多い。その中で出た課題のうち、特に経営へのインパクトが大きいものは、DX推進部に在籍するデータサイエンティストやデジタルナビゲーターといった人材が中心となって、解決に向けた取り組みを進めることになる。

MONOist デジタルナビゲーターとはどのような人材なのでしょうか。

黒川氏 簡単に言えば、社内に存在する課題やその解決策を、データサイエンティストや技術者などに分かりやすく伝えられる“翻訳家”のような存在だ。

 社内課題をデジタルツールで解決するには、データサイエンティストや技術者の力が欠かせない。そして彼らに十分に力を発揮してもらうには、社内課題を明確に伝えるとともに、解決策の導入目的や意義を論理的に説明する必要がある。こうした役割を担う人材がデジタルナビゲーターである。自力でコーディングできるというほどではないが、デジタルテクノロジーやデータ分析についても一定の知識を持つ。

データサイエンティストとデジタルナビゲーターが中核に[クリックして拡大] 出所:ライオン

 なお、データサイエンティストやデジタルナビゲーターなど、DX推進部に在籍する人材は全員専任の人間だ。これに加えてフリーランスや中途採用者なども適宜ジョインして、多様性を持った組織として運営を行っている。

非常に複雑な歯ブラシの硬さ調整をAIで効率化

MONOist DX推進部の具体的な活動成果を教えてください。

黒川氏 製品開発にAIを活用した事例が2つある。1つは歯ブラシ開発の事例だ。AIモデルに歯ブラシの仕様データから製品完成時の毛先の硬さを予測させることで、開発効率化を促した。

 通常の歯ブラシの製品設計プロセスでは、マーケターから上がってきた製品コンセプトに対して、必要となる設計条件を詰めて製品仕様を決定する。もう少し詳しく言うと、歯ブラシは大きく分けて、ヘッド部とネック部、把持(ハンドル)部の3要素で構成されており、これら各要素の適切な調整を通じて製品コンセプト実現を目指すことになる。例えば、マーケターから「奥歯にまで届く歯ブラシを開発してほしい」と要望があれば、口の奥まで歯ブラシが届くようにするためヘッド部を「コンパクトかつ薄めのサイズ」にする、といった具合だ。

 ただ、3要素のうち1つでも変化させると、歯ブラシ全体の設計に大きな影響が出てしまう。この点で特に課題になりやすいのが、毛先の硬さ調整である。毛先の硬さは「ふつう」「かため」などJIS規格で厳格に定められている。しかし、硬さは毛の材質や、太さ、断面の形状、毛の根元にある穴、毛の配列など多様な要素が複雑に影響し合うため、規格の範囲内に収まるように調整するのが難しい。

 さらに、JIS規格では専用機器で毛先に圧力をかけて硬さを測定するため、歯ブラシ全体の曲がりやすさなども結果に影響する。このため、ネック部や把持部の材質や太さ、形状も考慮しなければならない。この他、歯ブラシの強度や、汚れの落とし具合、外観上の問題点なども細かく査定する必要がある。結果として製品仕様の候補は数百にも及ぶため、本採用となる製品仕様を決めるのは非常に手間が掛かっていた。

 そこで、毛先の硬さを予測するAIモデルを開発することにした。当社が蓄積してきた歯ブラシの開発データをAIモデルに学習させて、仕様データから毛の硬さを推測させる。これによって「試さなくてよい要素の組み合わせ」を迅速に発見する。例えば「ふつう」の硬さになり得る製品仕様が欲しい時には、「かため」など目標とは異なる結果が出る可能性の高い製品仕様だけを候補から除外する。これによって有望な候補だけを集中的に検討できるようになる。

歯ブラシ開発へのAI活用[クリックして拡大] 出所:ライオン

 他作業の兼ね合いで、目標と異なる硬さの候補を単純に全て消すわけにはいかないのだが、それでも開発現場で使ったところ、総開発時間を従来比25%程度短縮できた。実際に、2021年に発売した「NONIO歯ブラシ TYPE-SMOOTH」の製品開発に導入した実績がある。

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