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» 2013年11月13日 10時00分 UPDATE

山浦恒央の“くみこみ”な話(59):ちょっと一休みして「技術翻訳」の話【その2】 〜オフショア開発とご近所付き合い〜 (1/2)

オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。前回に引き続き、オフショア開発の話題から少し離れ、ちょっと一休み。“番外編”として「技術翻訳」のコツ、テクニック、注意すべき点を紹介する。

[山浦恒央 東海大学 大学院 組込み技術研究科 准教授(工学博士),MONOist]
山浦恒央の“くみこみ”な話

 前々回で、言語間で意思疎通する方法、すなわち「翻訳」について解説しました。

 今回も前回に引き続き、“番外編”として、実践的な翻訳、特に「技術翻訳」のコツ、テクニック、注意すべき点を紹介していきます。「オフショア開発」から少し離れ、ちょっと一休みのつもりで読んでいただければと思います。


1.技術翻訳の誤解

 読者の皆さんの中には、海外企業から送られてきた英語の技術文書を、「15時からの設計会議で配布するから、キミ、ちょっとこれ日本語に訳しといて!」だとか、開発プロジェクトのベースに利用する海外製ソフトウェアパッケージの仕様書を「取りあえず、全部翻訳をお願い!」といった具合に、技術翻訳の指示を受けた経験のある方もいらっしゃることでしょう。

 また中には、将来、コンピュータ系技術翻訳のプロを本気で目指している人もいるかもしれませんが、口で言うほど“技術翻訳は簡単ではありません”。ちなみに、技術翻訳の需要が圧倒的に多いのがコンピュータ系で、2位の医学・薬学系を50馬身以上リードしています。

 「技術力」と「読む力」さえあれば、書いてある内容は十分に理解できます。そのため、多くの人が「技術翻訳は簡単だ」と錯覚するのですが、この認識は正しくありません。技術翻訳に求められる能力は“「技術力」と「書く力」”です。

 言語能力の進化プロセスは、以下のようになります。

「話す」⇒「聞く」⇒「読む」⇒「書く」

 幼児が言葉を覚える過程は、まさにこの順番です。

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 日本人が海外で行われる技術ミーティングに参加すると、「話せない」「聞けない」の無限ループによく陥ります。これを見た海外の技術者たちは、「ミスター・サトーは、英語を話せないんだな。なら、聞けなくっても仕方ない。読み書きなんてもってのほかだろう」と自動的に思うはずです。しかし、ミーティング後、ミスター・サトーからの英語の電子メールに驚かされます。「少々文法は間違っているが、格調高い英語で質問が書いてある。話せないのに、なぜ書けるんだ?」と。

 日本人にしてみたら、中学・高校の英語教育は読み書きが中心なので「話せないけど、ある程度、読み書きできるのは当たり前だろ」といった反応でしょうが、外国人の感覚では「意外だ!」となるのです。

 翻訳から話がそれますが、ここに英語による日本人のコミュニケーションのヒントがあります。

 究極の技術的なコミュニケーションは、例えば、「私は、受信バッファを512バイトではなく1024バイトにしたい」「ジョン・スミスさんにお願いがあるのですが、来週水曜日までに、メモリの解放漏れのバグを修正してください」のように、

  • 私は、○○したい
  • あなたに、○○してほしい

の2つだけです。これを口頭(話す・聞く)ではなく、メール(読む・書く)を使い、会話と同じように頻繁にやりとりすればいいのです。メールでの意思疎通は、履歴が残る利点もあります。

 ソフトウェア開発の「英語力」として必要なのは、「英文解釈」や「英作文」や「英会話」の能力ではなく、“英語を使った「コミュニケーション能力」”なのです。

2.前回の宿題

 閑話休題。前回、宿題として、「以下の英文(あるソフトウェアパッケージの操作手順書の一部とお考えください)を日本語に訳してください」とお願いしました。よくある英文ですが、意外に簡単ではありません。

前回の宿題:以下の英文を日本語に訳してください。

If the remaining memory is 256 bytes or more, you can save another file.



典型的な翻訳:

もし、残っているメモリが256バイト、あるいは、それを越える場合、あなたはもう1つのファイルを保存できます。



 この「典型的な翻訳」は、英語の授業でテストとして出題された場合、100点をもらえますが、実際のソフトウェア開発でこんな文章を読むと、「こんな中学生並みの文章を書いている人が訳した内容は、正しいんだろうか?」とすごく不安になりますし、翻訳臭さが満載で、読み進めるモチベーションが一挙に下がります。

 この典型的な翻訳には、幾つもの“突っ込みどころ”があります。

(1)翻訳文が長過ぎる
 前回も説明しましたが、良い翻訳文(日本語)は、必ず、原語(英語)より短くなります。漢字を使う日本語は、英語より効率が良いためです。まず、長さをチェックして、原語より20%以上も長い翻訳文は、中身を読まずにゴミ箱に捨てましょう。それほど、「翻訳文が長過ぎる」は、悪文の典型です。訳文の長さチェックは、一種の「悪訳発見器」です。

(2)「あなた」?
 今までの人生で、何度「あなた」と書いたことがあるか、あるいは、日常会話で使ったことがあるか、思い出してみてください。中学・高校時代、英語の英文和訳のテストで書いたか、「あなたの言っていることはおかしくないですか?」などとそれほど親しくない人と口ゲンカをするときぐらいでしょう。普通に生活していると、「あなた」は、まず使いません。なのに、英語で「you」が出現すると、自動的に「あなた」と訳す無神経さは、2枚累積で退場になるイエローカードものです。

 英語の操作マニュアルや表示メッセージには、「you」を含む文章が大量に出てきます。このように、(会話ではなく)文章に出てくる「you」には十分注意しなければなりません。これによって、翻訳の文体が変ってきます。この話は、回をあらためて詳しく解説しますが、取りあえず「『you』がたくさん出てくる英文は、『である・だ』調という硬い文章ではなく、『です・ます』調で書くのが基本」と覚えておいてください。

(3)「もし」?
 上記の「あなた」ほど罪は重くはありませんが、仮定であることを強調したい場合以外、「もし」もそれほど、日常生活では使わない言葉です。「if」があれば、自動的に何も考えずに、「もし」と翻訳してはいけません。

(4)「256バイト、あるいは、それを越える場合」
 最大の“ダメ”ポイントがここです。英文をそのまま訳しています。日本語には、「256バイト以上」という非常に便利な表現があります。なのに、「翻訳とは、英語の表現をそのまま使うことだ」と理解し、「256バイト、あるいは、それを越える場合」と書く考えは、一発退場のレッドカードより罪が重く、10試合出場停止ものです。英語には、「〜以上」という表現はありません。なので、このように、もって回った表現にならざるを得ないのです。「256バイト、あるいは、それを越える場合」と書く人は、「He or she must read this notice.」とあれば、必ず、「彼、もしくは、彼女は……。」と訳すことでしょう(溜息……)。

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