スタートアップとのオープンイノベーションを成功させる契約書の作り方―後編―弁護士が解説!知財戦略のイロハ(9)後編(2/4 ページ)

» 2021年02月15日 14時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

特許のライセンス付与範囲をどの程度認めるか

 スタートアップに単独で特許権を帰属させる以上、事業会社には無償の通常実施権(特許発明を実施できる権利)を設定しておく必要があるでしょう*4)。しかし、この実施権を専用実施権や独占的通常実施権などの独占的な性質にすることは、スタートアップの事業展開の可能性を狭めることにもなります。

 リソース不足に悩むスタートアップは他社と連携して事業を進める必要性が高く、その際に連携先企業が当該特許を基にした製品、サービス事業を展開(特許発明の実施)しなければならないケースもあります。連携先企業に実施許諾(ライセンス付与)ができないとすると、スタートアップは窮地に立たされかねません。

*4)事業会社のグループ会社や、具体的に想定されるライセンス先がいる場合、当該企業に対しても実施許諾を与えられるよう、サブライセンスを付与する権利を事業会社に設定することも一案である。ただし、サブライセンス先を無制限に許容すると、スタートアップのコンペティターにライセンスを付与する可能性もあり、スタートアップの不利益にもつながりかねない。そこで、サブライセンスを付与する必要がある企業についてはあらかじめ明記し、当該企業へのサブライセンス権を設定した上で、その他の企業は協議に基づき都度設定する、ということも考えられる。

 かといって、スタートアップによる第三者への自由やライセンス付与や販売などを認めてしまうと、事業会社も一定のリソースを費やして成果物の創出に寄与してきたにもかかわらず、事業会社のコンペティターに成果物を使用されてしまうリスクもあります。一定の制限を設ける必要はあるでしょう。

 これらを踏まえると、事業会社には、「特定領域における一定期間の独占的通常実施権」*5)を設定し、スタートアップには当該領域以外での自由な実施を認める、という形が1つの落としどころになると考えられます*6)

*5)専用実施権の場合には特許権者たるスタートアップが特許発明を実施できなくなるため(特許法68条ただし書き)、回避したい。

*6)条件設定に際しては、独禁法に違反しないよう留意されたい(「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」など参照)。

 スタートアップは、事業会社が損益分岐点や法的リスクの観点から参入できない市場にも積極的に参入します。こうした領域における機会損失を防ぐという意味でも、事業会社に実質的なデメリットがないケースもあるはずです。具体的に、モデル契約書では以下のように定めています(共同研究開発契約7条7項、同13条)。なお、ここでは自動車用ライトカバーの素材分野での共同研究開発を実施した場合の契約を想定した記述内容となっています。

第7条

(中略)

7 甲は、乙に対し、下記の条件で乙が本発明を実施することを許諾する。

             記

ライセンスの対象:本製品の設計・製造・販売行為

ライセンスの種類:本契約締結後〇年間は独占的通常実施権を設定し、その後は非独占的通常実施権を設定する。ただし、本契約締結後〇年間を経過する前であっても、正当な理由なく乙が本発明を1年間実施しない場合には当該期間の満了時より、または、乙が本発明を乙の事業に実施しないことを決定した場合には当該決定時より、非独占的通常実施権を設定する。

ライセンス期間 :本契約締結日〜〇年〇月〇日は独占的ライセンス

〇年〇月〇日〜本発明にかかる知的財産権の有効期間満了日までは非独占的ライセンス

サブライセンス :原則不可。ただし、[グループ会社名等]に対するサブライセンスは可能

ライセンス料  :無償

地理的範囲   :全世界

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

第13条 甲および乙は、本契約の期間中、相手方の文書による事前の同意を得ることなく、本製品と同一または類似の製品(本素材を配合した樹脂組成物からなる自動車用のライトカバーを含む。)について、本研究以外に独自に研究開発をしてはならず、かつ、第三者と共同開発をし、または第三者に開発を委託し、もしくは第三者から開発を受託してはならない。

段階的に資金を調達する「マイルストーン払い」

 上述のように、スタートアップは、VC(ベンチャーキャピタル)などの投資家から、短期間の間に資金調達を繰り返していきますが、各資金調達の合間を“食いつなぐ”ために、段階的に資金を得る計画を立てることが望ましいでしょう。創薬分野のように、製品開発からマネタイズまでに時間を要するビジネスモデルを採用するスタートアップとのオープンイノベーションに取り組む際には、「マイルストーン払い方式」を採用することが考えられます。

 例えば、東京大学発の創薬研究系スタートアップであるペプチドリームは、事業会社との契約段階から「契約一時金」などを受領することで、創薬開発の初期から売上を生み出しています。また、順調に研究が進むと「創薬開発権利金」や「目標達成報奨金」が入り、最終的に薬が上市されればその売上金額の一定料率を「売上ロイヤリティ」として受け取るという、創薬開発の各段階に応じて収益を順次計上できるビジネスモデルを構築しました。

 モデル契約書ではマイルストーン払い方式について、次のように表現しています(共同研究開発契約10条)。ここでは、自動車のヘッドライトを共同開発した場合を想定しています。

第10条 本研究が所期の目的を達成した時は、乙は、甲に対し、下記の定めに従って研究成果に対する対価を支払うものとする。

(1) 本製品が別紙〇〇所定の性能を達成した時:〇円

(2) 本製品を用いたヘッドライトの試作品が完成した時点:

    甲乙別途協議した金額(ただし、〇円を下回らないものとする。)

(3) 本研究の成果を利用した商品の販売が開始した時点:

    甲乙別途協議した金額(ただし、〇円を下回らないものとする。)

※甲=スタートアップ、乙=事業会社

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